広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.129

蔦屋書店・西林のオススメ『キネマの神様』原田マハ/文春文庫
 
 

読み終えた後、映画を観たくなる本だ。

すぐにでも映画館に飛んで行きたくなるくらいに、映画を観ることの喜びや楽しさに溢れている一冊だ。

 

観るたびに思う。映画は旅なのだと。

幕開けとともに一瞬にして観るものを別世界へと連れ出してしまう。

 

冒頭の文章から、ぐっと引き込まれる。そして、いつも通っていた大好きな映画館のことを思い浮かべながら考える。あの座席に座って、心から名画を楽しめる日はまた来るのだろうかと。

 

原田マハ著『キネマの神様』

物語は、主人公である円山 歩が17年間勤めた会社を退職したところから始まる。

歩には、ギャンブルと映画が大好きな父、その父の借金にずっと苦しめられてきた母がいる。

 

ある日歩は、父がノートに書いた何冊もの映画評論を見つけ、それを基にした文章を書き上げる。

 

歩の文章を、父が雑誌「映友」に投稿したきっかけで、歩は編集部に採用され、そして父は「ゴウ」というハンドルネームで、キネマの神様というタイトルのブログを映友社ウェブサイトで始めることとなる。

 

父(ゴウ)の映画への理解や深い愛情の感じることのできる、独特の語り口のブログはたちまち大好評を博す。

 

キネマの神様が出版された当時よりも今では、映画をもっと安く、もっと手軽に観ることができるようになった。

それにも関わらず、人々が映画館へ出掛けていく理由、

 

このキネマの神様を読んでその答えがわかった気がする。

 

今年の年始に「ローマの休日」を見に行った。レンタルビデオで、テレビで、何度も何度も繰り返し観た名画だが、日本最終上映!という唄い文句に惹かれて、一人で映画館へ向かった。

 

王女が宮殿を抜け出し、出会った新聞記者とつかの間の恋に落ちるストーリー。

髪をショートカットにしたオードリーが、鏡を見ながら嬉しそうに恥ずかしそうに微笑むシーン。

これまで何度も観てきたはずなのに、あまりの愛らしさに胸がいっぱいになった。

世界中の人が彼女に恋をしたというのがスッと胸に落ちた。

スペイン階段でジェラートを食べるシーン、女性たちがこぞってあのスタイルを真似したというが、それもまた納得。

ラストシーンの、成長したアン王女の女王らしい決断と切ない別れにはあちこちですすり泣きが聞こえた。

私と同じように、観客はたぶんこの映画を何度も観ている人が大半だと思うが、この名画をスクリーンで観ることができて良かった。そんな空気が場内を包んだ。

この映画館にいる、キネマの神様もきっと、微笑ましくこの上映を見守っていてくれたに違いない。

 

ゴウのブログは、アメリカ在住の歩の後輩の協力のもと英訳され、世界へと発信される。

ローズバッドと名乗る、正体不明のブロガーとの出会い。

ゴウとローズバッドの小気味よいテンポの映画愛を感じさせるコメントのやりとりには、思わず頬が緩む。

 

謎のブロガー、ローズバッドの正体と、ゴウとの国境も言葉も越えた友情、「映友」編集部と歩の家族の行方は、もう涙なくしては読めない。

お目当ての映画を見に行く前には、是非本作品を読んでから、映画の世界にどっぷりと浸ってもらえたらと思う。

 

そして、このキネマの神様に登場する、鍵となる映画「ニュー・シネマ・パラダイス」

新作映画の公開が待ち望まれる、シネコンでひっそりと上映されていた。いつもの賑わいをまだ取り戻していないのか、映画館には人がまばらで、ガランとした館内に響く、テーマ曲の美しい旋律に胸が締め付けられた。

 

新作の映画が、毎週のように登場した以前のようにはもう戻れないのかもしれないが、どうかまた、この館内が観客の笑顔で輝きを取り戻しますように。

皆が映画を見ながら、心ゆくまで泣いたり笑ったり、時には怒ったり。

そんな映画が一大娯楽だった頃の「ニュー・シネマ・パラダイス」のワンシーンを観ながら、そう願わずにはいられなかった。

 
 
 
 
 
 
 

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