広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.127

蔦屋書店・丑番のオススメ治したくない ひがし町診療所の日々』斉藤道雄/みすず書房

 

 

北海道、浦河町。襟裳岬の北西に位置する海と山に囲まれた自然豊かな町、人口減少のつづく過疎の町です。しかし、浦河は精神医療の分野では、世界的な注目をあつめてきた町でもあります。毎年国内外から2千人以上もの研究者や見学者が訪れます。

 

本書は精神障害や依存症をかかえる人びとのための小さなクリニック、ひがし町診療所について書かれています。患者さんの病気を「治したくない」と語る川村敏明先生は、わたしたちの常識や固定観念をくつがえします。

 

2014年のひがし町診療所の開設のきっかけは、浦河赤十字病院の精神科に勤務していた川村先生が、2006年から始めた長期入院患者の退院支援にさかのぼります。

 

「障害者を施設から地域社会」へ、というのは国も掲げる方針ですが、それはとても困難なことです。浦河町はそれを完全なかたちで実現しています。浦河町に150床あった赤十字病院の病床数は、ゼロになっています。つまり、すべての患者さんを退院させたのです。精神科に20年も30年も長期入院している患者さんも含めて。それは医療の問題でなく、患者さんの暮らしを考えることであったといいます。

 

患者、精神障害者の「地域での暮らし」をどう支えるかだった。精神障害者が病院を出て、町で、地域で暮らすということ。そのために何が必要なのか、診療所は彼らとどうかかわっていけばいいのか、そこを考える。医療は、地域の暮らしの一部でしかなかった。

 

患者さんたちは病気が「治った」から退院できたわけではありません。

 

浦河の精神障害者は、病気がよくなったから退院したわけではなかった。おなじ病気のまま町で暮らしている。そこで彼らの関心はより「現実感のある話題」へと向かっている。地域の中で暮らし、その暮らしがさまざまな人とのかかわりに広がっているとき、精神病はそこにありながらその影を薄めている。

 

また、彼らの暮らしを豊かにするために必要なものについて、このように書かれています。

 

治すより、町での暮らしには何が必要か、どういうくふうがいるかを考えたほうがいい、そこに笑いと楽しさがあるなら、彼らの暮らしはよほどゆたかなものになるだろう。「治療」を超えた意味を、そこに見いだせるかもしれない。

 

笑いと楽しさ。

患者さんと先生や看護師、ソーシャルワーカーの方が笑いながら話している光景がくり返し描かれます。

ヤギを飼おうとか、石窯でピザを焼こうとか、そんなことばかり川村先生は話しています。日々の暮らしの中で楽しみを見つけること。笑いあうこと。これが必要なのは、健常者も同じじゃないだろうか。

 

川村先生は「健常者支援」とか「地域を治療する」ということを口にします。つまり、わたしたちにも治療が必要ということです。精神障害者の症状が落ち着くとき。それは彼らが自分の弱さと向き合うときです。川村先生は以下のように語ります。

 

「精神障害者っていうのは自分の弱さや課題をきちんと自分のことばで伝えるようになって、少し自分の問題とも和解するようになるっていうか、もうかっこつけなくていい、かっこつけようもない、わたしはこういうところがいつも問題なんです、こういう応援が必要なんですということができるようになったときにはじめて再発をくり返す必要がなくなっていく」

 

一方健常者については。

 

「健常者はなぜかわかんないけども、世間とかふつうっていうですね、目に見えない問題があって、みんなと同じであればとりあえずいい、ていうか、そういうふうに見えるようにする演技は大変上手です。だけども、ほんとに内面まで、生き方まで上手な人なんて、そういるんだろうかと思うと、そうでもないなあーって。それをぼくなんか見せられることがしばしばあります」

 

また、援助について語れられるこんな川村先生の言葉。

 

「しっかりした人がひとりや2人じゃダメなんです。しっかりしてない人たちがいっぱいいるところに、多少、ちょっとしっかりしたのがポツン、ポツンと入ってる。すると、温かみが出てくるんです」

「だいじょぶだあー、とか誰かがいうと。医者がいうよりもはるかにね、この頼りない人たちの方が、質より量、量担当の人たちの方が、はるかに意味を持つっていうことがあるんですよ。だからぼくは、あ、おれにはできないなあ、この人たちがやってることって。医者が代われない部分ってあるなあって。」

 

川村先生が健常者支援というとき、弱みをみせず、かっこうつけばかりしている健常者のことを語っているのです。わたしたちが自分の弱さを受け入れ、しっかりしていない多くのひとたちと一緒にささえあうとき、世界はもっとやさしい方向に変わっているに違いありません。

 

最後にひがし町診療所の本質とも言えるこの部分を引用して、終わりたいと思います。

 

専門家が当事者の上に立って問題を解決する、あるいは問題解決の指導をするという形をとらない。誰もが当事者と対等の立場に立ち、当事者をほめ、励まし、応援する。問題があればいっしょに悩み、考える。そのすべては、安心とつながりが「しっかりしていない多くの人びと」とともに、地域に広がることへの期待につながっている。

 
 
 

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