広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.134

蔦屋書店・丑番のオススメ『ブックオフ大学ぶらぶら学部』岬書店
 
 
先週に引き続き同じ本の紹介となります。ほとんど同じことが書かれているような気もしますが。ふたりともこの本に感情をえぐられ、吐き出さずにはいられなくなってしまいました。

この本を読むとブックオフが輝いていた2000年代初頭を思い出します。そして、ブックオフについて語りたくなります。ブックオフに通っていたみなさま、ぜひこの本を買ってください。損はしないですよ、そして、ブックオフに行きましょう!
 

で、終わってしまってもいいんですが、わたしにとってのブックオフについて、語らせてください。自分語りで恥ずかしいんですが、それを語ることがこの本のタイトル『ブックオフ大学、ぶらぶら学部』を紐解くことにもなると思うのです。さて、ブックオフはどんな場所だったんでしょう。

時間が足りない。そのメロディを何度も何度もくり返し聞いていた。時間はアホのようにあった。わたしはそのとき大学生で、お金もなければ、友人もおらず、時間しかなかった。だけど、流れてくるメロディは「時間が足りない」と歌っていた。たぶん2000年からの数年間でその歌を数千回は聞いたと思う。軽快なギターのイントロのあとの歌い出しが「時間が足りない」だった。でもその後の歌詞は知らない。何千回も聞いたのに。それはわたしの記憶力がないからでなくて、歌詞にかぶせるように清水國明がしゃべりだすからだ。
 
「ブックオフのことならなーんでも知ってるヘビーユーザーの清水國明です!ブックオフの何がいいって?まず店がきれい!そして立ち読みも自由ときてるから、ほんとたまらないですよね!まだ行ったことのない友だちがいたら連れてきてくださーい!ブックオフのポイントカード持ってますか?えっ?持ってないって?」(うろ覚えです。)
 
会員カードを作ることはなかったし、友達を連れて行くこともなかった(そもそもいないし)。清水國明のいうことは何も聞かなかったけれど、とにかくブックオフに通っていた。ブックオフのあとにブックオフにいってさらにブックオフに行っていた。通学定期券の沿線にブックオフが3店舗あり、1日の大半をブックオフに費やすこともあった。清水國明には親近感を感じていた。わたしと同じくブックオフのヘビーユーザーだから。

ブックオフの何がよかったって? (清水國明ふうに)

まずは、100円文庫だ。正確には105円文庫だったけど。それまでの古本屋にも店頭の均一台というのはあった。でも100円のコーナーで広大なスペースをとっているのがすごかった。わたしが一番通っていた西宮北口店は100円文庫だけで20棚以上はあったと思う。ブックオフに行くと100円文庫の国内小説あ行から順番にみていく。途中で必ず店員さんが品出しをしているので、そこはあとからチェックする。けっして店員さんの邪魔になってはいけない。店員さんのうしろを通る際には気配を殺しておかないと「いらっしゃいませー」と発される。その掛け声に他の店員さんも反応し「いらっしゃいませー」「いらっしゃいませー」「いらっしゃいませー」が店内にこだまする。わたしのような時間しかないような人間のために店員さんのエネルギーを浪費させることはできない。品出しに集中してほしい。しかしどれだけ気配を殺していたとしても高確率で「いらっしゃいませー」がこだましていた。都市伝説として、店員さんじゃない人が「いらっしゃいませー」と発しても、いつものように「いらっしゃいませー」がこだまするんだということが、まことしやかに語られていた。SNSはまだなかった。平和な時代だったと思う。(ミクシィもSNSか)

話が脱線してしまったが、国内小説のわ行が終わると、時代小説のあ行が始まる。ここは池波正太郎のエッセイがないかくらいをチェックしてあっさりとすませる。時代小説は50を過ぎての楽しみにとってある。次は海外文庫だ。ここは出版社別になっている。最初は古典が豊富な新潮の棚を見ていたのだが、本の知識が増えていくにつれて、ハヤカワや創元、そして実は現代海外文学が豊富な集英社、アメリカ文学が豊富な角川の棚も重点的にチェックするようになっていった。

そして雑学・エッセイ文庫がつづく。雑学・エッセイってなんだ。PHP文庫とか光文社知恵の森文庫を別に分けるのはわかるんだけど、新潮、文春、角川、集英社も律儀に小説と雑学・エッセイを分けて並べている。こんな並べ方をしている書店・古本屋はブックオフだけだ。ここも出版社別に並んでいる。ここの棚が一番好きだった。文庫のレーベルということについて考えるようになったのは、このブックオフの棚がきっかけかもしれない。坪内祐三さんや岡崎武志さんといった本や古本について書いていた書き手に教えられたこともあるが、ブックオフの100円文庫のお尻に並べられた雑学・エッセイの棚でそれを学んだのだと思う。岩波・ちくま・中公。この3社の文庫の素晴らしさ。その中でもちくま文庫が好きだ。雑文というジャンルへのリスペクトをもっとも感じる文庫レーベル。
 
ブックオフの何がよかったって?

買えない本が買えたところだ。ブックオフは新刊書店と古書店の間の新古書店というジャンルを開拓したと言われている。買い取った本を刊行年を基準とし、半額と100円の2種類に値付けし、古すぎる本は廃棄する暴力的なシステム。本の価値判断はせず、新しい古いだけで判断をする。これが買えない本を買うことができる構造を作り出していた。

新刊本の流通の仕組みの中で、本はどんどん絶版・品切れになっていく。一方古本屋は古書価のつく本を買い取って店頭に並べていく。目利きの世界だ。ベストセラーや流行作家の本はある意味で軽視され、一定期間経過すると古本屋でも買うことができなくなる。とくに文庫本はもともとの単価が低く、古本屋でも高い値段がつけづらいので、ブックオフ以前の古書市場では人気作家の本でも絶版になるとなかなか古本屋では見つけづらかった。例えば筒井康隆のようなデビュー以来途切れることなく(断筆期間はあったが)刊行を重ね、定期的に著作が映像化されている作家でも品切れ絶版の文庫はかなりある。1998年に出版された筒井康隆の老人文学の傑作『敵』。わたしが読んだのは文庫になった後の2000年。これに感銘を受け、中学時代に読んだ過去作を読み返そうと新刊書店を回ったが、多くの本が絶版になっており、手に入らなかった。七瀬シリーズですら当時は絶版だった。(いまは復刊されているので新刊書店で手に入る)。

ところが、である。そのあとにブックオフを知り、ブックオフを回ると、七瀬シリーズもあっさりと手に入り、角川文庫の一連の絶版になっていた初期の長編・短編集もあっさりと手に入った。(『幻想の未来』『霊長類南へ』『ウィークエンド・シャッフル』『アフリカの爆弾』など、このあたりの作品も復刊されている。ただ、筒井康隆の大傑作『脱走と追跡のサンバ』は未だ復刊されていない。なんで。文庫で気軽に読めるといいのに。2015年に出版された『筒井康隆コレクションⅡ』には収録されている)。
それも100円文庫コーナーで見つかるのだ。

既存の本の流通の中では買えない、少し前の絶版本が買えたのがブックオフの最大の魅力だった。そして、それが100円で買える。だからお金のない学生でも一度に10冊、20冊と本を買うことができた。もちろん、そんなに読めないから積ん読がたまっていく。
岡崎武志さんが書いていたと思うのだけど、買った本は全部読んでいるんですか?と岡崎さんが聞かれて、そんな下品なことはしないと。ただ、本を買うということはその本の半分は読んだと同じことで、だからこそ、本は買うことが大切なんですと、言っていて、ブックオフで本を次々に買っていて、積ん読が増えていったわたしには、免罪符となった。そして、ええこと言うなーと思った。ただ、無理に本を買っていたわけではもちろんなく、本を読めば読むほど買いたい本が増えていくのだ。それは自分の知識や興味関心の幅が少しずつ広がっているからだ。本が広げる世界。ブックオフはわたしにとってそんな場所だった。

一方で、ブックオフは批判も多かった。一番は著者に利益が還元されない、というものだろう。ただ、それについては、的外れな批判だったと思う。ブックオフでしか本を買わなかったという人は少ないだろう。本を買えば、本を買いたくなるのだ。わたしも新刊書店にも足繁く通っていた。もちろん、一度に買える本の冊数は限られていたけれど。

ブックオフから足が遠のいたのは、なぜだっただろう。ブックオフが古書店から総合リサイクルショップに変わっていったからだろうか。本にも単品管理が導入されて、値付けが渋くなってきたからだろうか。(200円文庫を初めてみたときの衝撃!)ヘビーユーザーの清水國明もいつの間にかいなくなってしまったからだろうか。わたしの好きだったあのブックオフも変わってしまったのね、と。
でもそれはこちらの思い違いだったのかもしれない。ただ、時間が足りなくなっただけだったのかもしれない。

本書『ブックオフ大学 ぶらぶら学部』を読むと、ブックオフの思い出を語る人が多い中、京都の書店ホホホ座の山下さんは、ひたすらに現在進行形でブックオフを語っていて、すがすがしい。今でも、ブックオフで、へとへとになるまで棚を眺め、地方のブックオフへ遠征もされているようだ。仕入れやせどりでなく、ただ読むための本を探している、と。

ブックオフは毎週通いたくなる古書店だった。それは古書店としては考えにくいことだ。どれだけ素晴らしい品揃えの古書店でも棚の並びは週間単位ではほとんど変わらない。通う頻度は、2,3ヶ月おきでも十分だ。半年でもいいかもしれない。ところがブックオフはどんどん商品が入れ替わっていた。店員さんが常に棚の補充をしているので、本が売れて棚が傾いているところをほとんど見たことがない。2007年ごろに、元ブックオフの従業員の方とお話させていただくことがあったのだが、DDYという考えでお店が運営されていたらしい。DDY=(ダッシュ、出し切り、やまびこ)の略らしい。やまびこは先ほどふれた、こだまのことだが、ダッシュと出し切りは、走って、商品を出す、ということ。買い取った本をいち早く店頭に出すのだ、という考えに貫かれていて、素晴らしい。ああ、それであの常に入れ替わる棚が成り立っていたのか、と得心した。猛ダッシュで棚に駆けていき、棚下のストックから、もしくは、ブックカートから品出しをするそのひたむきさ。DDY。なんと麗しき言葉。

通学定期券沿線のブックオフに通っていたと書いたが、休み期間中は定期券も買わないので、1ヶ月ぶり以上でブックオフを訪れる際の高揚感といったら。がらっと変わった棚に出会える喜び。ホホホ座の山下さんの文章を読むとそのことを思い出す。

ブックオフに本を買いに行こう。いまからドキドキしている。
 
 
 
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