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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.211『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』インベカヲリ★/角川書店

蔦屋書店・丑番のオススメ 『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』インベカヲリ★/角川書店
 
 
犯罪ノンフィクションをよく読む。理由のひとつは、自分の浅はかな思い込みが覆されるという経験が得られることが多いからだ。
 
大きな事件があると、インターネット、TV、新聞、週刊誌は、大量の情報であふれかえる。扇情的な情報。自分なりに事件に対して、ぼんやりとした印象を抱く。また、大きな事件があると多くの情報があふれる。そして以前の事件のことを忘れていく。
 
本というのは遅いメディアだ。出版されるまでの遅さ。ある事件をテーマにしたものであれば、他のメディア上でその事件が取り上げられなくなったあとに出版される。忘れていた事件。そして、数百ページにわたって書かれたものを、時間をかけて読む。届くまでの遅さと、受け取る際の遅さ。遅いからこそわかる領域がある。書き手が時間をかけて丹念な取材をするからこそ、辿り着ける領域。そして、時間をかけて読むからこそできる情緒だけにとらわれない判断。
 
例えば、杉山春著『ルポ 虐待 大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)。もう10年以上も前の事件だが、覚えておられる方も多いだろう。本当に痛ましい事件で、母親の逮捕に至るまでの行動が報道されるにつれて、母親への非難は、猛烈なバッシングへと転じた。人間の心を持っているのか、というような報道もあった。わたしも母親に対して、そのような印象を抱いて、そして忘れていた。
事件から3年以上経ってから出版された『ルポ虐待』。その本が明らかにするのは母親一人に背負わせることのできない事件の構造的な問題だ。それは決して母親を免罪するものではない。しかし、二人の子供が死に至るまでに、どこか引き返せる地点があったのではないか、その原因は、社会にもあるのではないか、という問いかけだ。その視点に立ったとき、この母親がひとりの人間として見えてくる。わたしたちと地続きの人間に。その同じような人間がどうして誤ってしまったのかを自分ごとして考えることができる。自分の浅はかな思い込みが覆され、より複眼的に物事をとらえることができる。
 
今回紹介する『家族不適応殺 新幹線無差別殺傷犯、小島一朗の実像』も犯人をわたしたちと同じ地続きの人間としてとらえようとした試みだ。読み終わった感想は、理屈としては、理解はできるが、感情としては理解ができない。この気持ちは何だ。とにかくすごいものを読んでしまったと思った。
 
新幹線無差別殺傷事件は、2018年6月に走行中の東海道新幹線の車内で男女3人が襲われ、2名が重軽傷、男性が死亡した事件だ。犯人の小島の動機が「刑務所に無期懲役で収監されたい」というものだった。刑務所に入りたいから人を殺し、傷つけるという身勝手な動機。無期懲役になるように殺傷する人数までも計算して行われた犯行。22歳の若者がなぜ刑務所に一生いたいと思うのか?この小島という理解不能な存在を理解しようという試みが本書である。
 

著者のインベカヲリ★さんは写真家で、現代を生きる女性たちを被写体にしている。撮影前に長いインタビューを行い、その内容を写真に落とし込むというスタイルをとっている。話を聞く際にインベさんが心がけているのが相手を否定する言葉を挟まないようにすること。正論を述べたり、解決策を示したり、同情を示すことは、相手の心を閉ざすか、聞き手の期待に応えた内容に話しを変えてしまう、という。インベさんは以下のように書く。「相手を知るためには、まずその人がそうして生きいてる事実を、そのまま受け入れる必要がある。」
写真家として培ってきた手法を小島という無差別殺傷犯にもあてはめる。小島にも語る言葉はあるはず、という著者の信念は「刑務所で無期懲役になりたい」という言葉に込められた思いを、数多くの小島への面会と文通、そして、小島の肉親への取材を通じて明らかにしていく。小島の真の動機が明らかになるとき、背筋の凍る思いがした。そして、そこまで辿り着いたインベさんの探究心に畏敬の念を覚えた。インベさんはあとがきで以下のように書いている。
「私は小島に対し、人と人として対等に接しているが、それは私の探究心の向かう先にあるのが、特別な性格破綻者やサイコパスでなく、普遍的な人間の心であるからだ。」
インベさんは文章を中心とした書籍としてはこれが初の単著となる。とんでもなく力のある書き手だと思う。

 
 
 
 
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