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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.314『野生のしっそう』猪瀬浩平/ミシマ社

蔦屋書店・江藤のオススメ『野生のしっそう』猪瀬浩平/ミシマ社
 
 
これは久々にすごい人文書を読んでしまった。
というかこれは人文書なのか、ただ、他のなんというジャンルにも収まらない本なので、人文書という紹介になってしまうのかもしれないけれど、そんなジャンルにとらわれず、あらゆる人に読んでほしい本でした。
読んだ後の感想として最初にくるのは、みんなにぜひこの本を読んで欲しいという、心の底からの思いでした。
 
この本の著者の猪瀬浩平さんにはお兄さんがいます。
お兄さんには、知的障害があり自閉症者でもあります。
 
ここで私がひとつ思うことがあります。
すべての自閉症者が同じだとは思いません。もちろん健常者と呼ばれる人たちもそれぞれに個性もありますし、得意不得意もあります。私だってできること、全然できないこと、うまくやろうとしているのだけど、どうしてもうまくいかないこともたくさんあります。
なので、自閉症者と呼ばれる人たちを一括りにするのはとても良くないことだと思います。そのうえで、ある1人の自閉症者の青年が書いた本を紹介したいと思いました。
東田直樹さんの『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』です。
東田さんは、言葉をうまく発することができません。意味のある言葉が出る前に奇声や雄叫びなどが出てしまって人と会話をすることが難しいのです。しかし、東田さんのお母さんは息子さんのことをよく見ていて、彼のできることを見つけてあげるのです。紙で書いたキーボードのようなもので文字を一文字ずつ指さしながら言葉を発することで、会話ができるのです。更に東田さんはパソコンに文章を入力することで自分の気持ちを表現することもできます。
この東田さんが書く文章が私にはとても素晴らしく心に響くのです。とても綺麗で表現力も豊かで、まさに美しい文章なのです。
私はこの文章を読んでから、自閉症を持つ人への眼差しがはっきりと変わりました。正直に白状しますと、今となっては本当に恥ずかしい思いしかないのですが、自分の中にあった偏見の眼差し、間違った思い込みなどが払拭された瞬間でした。
この『跳びはねる思考 会話のできない自閉症の僕が考えていること』も全人類が読むべき本だと思っています。
 
話を戻して『野生のしっそう』ですが、この「しっそう」は「失踪」であり「疾走」です。猪瀬さんのお兄さんは時折失踪します。それもすごい速さで疾走して、とある場所で発見されます。それはかなり遠い場所でなんの関連のある場所なのか一見わからないところであったり、今まで行ったことのある場所だったり、昔住んでいた場所だったり。ただ、日をまたいでいたりもして、そこへどうやって、どこに泊まってどうたどり着いたのかは、いつもわかりません。
彼のしっそうはいつも点と点でしか見えてこないのですが、著者の猪瀬さんは今回の本で、その点と点をお兄さんのしっそうに留まらず、もっとさまざまな点を書くことによって、その点を繋ぐ線を見つけようとしているように感じます。
彼ら兄弟とゆかりのある人との思い出話だったり、福祉農園での話だったり、お兄さんとの小さなころのお話だったり、夏みかんを配る話だったり、やっぱりお兄さんのしっそうの話だったり。そのそれぞれの話は時系列もばらばらで、その場所もばらばらではあるのですが、すべての話を読んでいくと、おそらく読んだ人の心のなかにはそれぞれが感じた「線」が見えてくるのだと思います。私が感じた「線」とあなたか感じる「線」はおそらく違うと思いますし、それには正解もないし、本当は「線」など存在しないのかもしれません。ですが、わたしたちはそこになにかを感じてしまうのです。それが人の持つある種の感受性なのか野生の勘なのかはわかりませんが。
 
この本を読んでいると、本当に様々なことに思いを巡らしてしまいます。
人と人が本当にわかり合うことってどういうことなのか、言葉を使うのが本当のコミュニケーションなのか、人にものを贈るとはどういうことなのか、人と人とが繋がり合うために必要なこととは、ただそこにいるだけで成立する関係性とは。
 
私たちの思考も同じように点となって散らばっていきますが、それらがどこかで線となって繋がっているように感じるときがあります。その感覚というのは、この世界の本質である秘密にそっと触れてしまったような感動を呼び起こします。
 
何度も言いますが、本当にすごい本でした。
ジャンルでくくるのは無理なほど、広範囲なテーマを扱っている本です。
この一冊はあなたの考え方やもしかしたら生き方まで変えてしまうかもしれません。
 
そんな一冊に出会えた私は本当に幸運だと思いました。
 
この本とにかくみなさまにも味わっていただきたい!
 
 
 

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