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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.315『いろいろバス』tupera tupera/大日本図書

蔦屋書店・佐藤のオススメ『いろいろバス』tupera tupera/大日本図書
 
 
先日、数ヵ月に一度会う弟に「こりゃあ読んどったほうがええ本じゃ思うけえ、読んどき。」と、すすめられて読んだのが、昨年中公新書から出た『言語の本質』(今井むつみ・秋田喜美/共著)。言葉についてとても興味深い研究の成果が紹介された、読みごたえのある本でした。
私たちが日常で特に意識せず使っている「言語」という複雑で巨大なシステム。一体子どもはどのようにしてこのような巨大なシステムを習得するのかという、あまり深く考えてみたことはないけれど、言われてみれば不思議なことについて、専門の研究者である著者による説得力ある考察が展開されています。
「最初は歩くことはもとより、立つこともできなかった子どもが、どのような方法をもって言語という高い山を登りきることができるのだろう?」という、もっともな問い。そのような何の知識も持たない状態にいる「赤ちゃんの背中を押し、足場をかけるという大事な役割を果たす」ものとして、著者の方が注目されていたのが、「オノマトペ」でした。
 
オノマトペとは、「ころころ」「ぱくぱく」「にょきにょき」といった擬音語・擬態語のことです。絵本には、オノマトペがたくさん出てきます。とくに、0、1、2歳の小さなお子さんを対象とした絵本には欠かせないものであるかもしれません。
「子どもはオノマトペの音の響きの面白さを好む」というのはよく言われることですが、『言語の本質』では、オノマトペの持ついろいろな特徴が、子どもの心を引き付けていることが述べられています。そしてそれだけでなく、さらに子どもはオノマトペを通して、言葉が持つさまざまな性質を学んでいくとのこと。オノマトペは子どもの言語習得において、「言語に対する大局観を与える」という、非常に重要な役割を担っているらしいのです。
 
詳しいことは『言語の本質』を読んでいただければと思うのですが、どちらかというと、「ちゃんとした言葉」でないような、ちょっと面白くてどことなくふざけたイメージさえあるオノマトペが、そんな偉大な仕事をしていたとは…オノマトペすごい!子どもの本周りにいる人間として普段からオノマトペに親近感を抱いていた私は、ずいぶんと誇らしい気持ちになりました。
 
そのようなオノマトペの隠れた実力を教わって以来、いつも売場で手に取り慣れ親しんできた幼児向けの定番絵本の数々を、オノマトペ目線といいますか、ちょっと新鮮な気持ちで見直しています。
 
「ぽたあん どろどろ ぴちぴちぴち …」と、ホットケーキを焼く場面が印象的な、わかやまけんさんの『しろくまちゃんのほっとけーき』(こぐま社) などは、まさにオノマトペが主役の絵本と言えるでしょう。また、かがくいひろしさんのだるまさんシリーズが、なぜこれほどまで、何度読んでも多くの子どもたちに喜ばれるのかという謎も、オノマトペが大いに関係していることは間違いないと思います。くりかえしの「だ・る・ま・さ・ん・が…」に続く、「どてっ」「ぎゅっ」「びろーん」などのオノマトペと、その様子をシンプルに且つ生き生きと表現した絵の組み合わせは、小さな赤ちゃんでも、感覚的に音と視覚情報を結び付け、言語の世界に引きつける強い力を持つのだろうと思います。
 
そしてすっかり後回しになってしまいましたが、今回ご紹介する本として取り上げたいのは、これもやはり幼児向けの定番絵本、大人気ユニットtupera tupera(ツペラツペラ)さんによる『いろいろバス』です。『いろいろバス』は、あか、きいろ、みどり、くろの4色のバスが順番に登場し、それぞれの色に対応したモノや生きものが、停留所で乗ったり降りたりするという楽しい絵本。tupera tuperaさんのポップでかわいい絵がとても素敵です。何よりこの作品は、バスに乗り降りする各色のモノたちのチョイスが絶妙に意表を突いてきて面白いところがとても魅力的で、私はこの絵本をそのようなものとして認識していたのですが、ところがここでもオノマトペが素晴らしい仕事をしていることに、まことに遅ればせながら今回改めて気付きました。こんなにシンプルな本でありながら何重もの魅力が盛り込まれた、『いろいろバス』の高い完成度とtupera tuperaさんの見識に今感動しているところです。
 
 
「あかいバスが やってきました
ごろごろ トマトが おりてきて
にゅるりと たこが のりました
 
きいろいバスが やってきました
ふんわり オムレツ おりてきて
きらきら ほしが のりました
 
みどりのバスが やってきました
ぺたぺた かっぱが おりてきて
ゆっさり きが のりました…
 
くろいバスが やってきました
ざぶーんと くじらが おりてきて
ひっそり かげが のりました… 」
 
 
今まで当たり前のように思って特に意識していなかったのですが、それぞれのページで描かれているのは、まさに「ごろごろ」という感じで、押し合いへし合いしながら乗車口から転がり降りてくるトマト達であり、そして「にゅるり」とした状態を全身で表現したようなタコの姿です。「ゆっさり」した木の枝にはたくさんの緑が生い茂り揺れる葉音が聞こえてきそうですし、「ふんわり」といかにも柔らかく美味しそうに膨らんだオムレツに描かれた顔は、表情までやさしく「ふんわり」しています。
『いろいろバス』は、あるオノマトペが示すイメージを、絵を用いて視覚化するとどのようになるかということを、とても豊かに的確に表現した絵本でもありました。
 
具体的な様子や動作を、感覚的に音によって写しとるオノマトペ。“表すもの”と“表されるもの”とのあいだに類似性があるという、そのアイコン性により、オノマトペは《 人が発する“音”が、何かを“指す” 》という結びつきへの気付きを、赤ちゃんに与えるきっかけになるそうです。つまりオノマトペを通して、子どもは「自分の世界と言葉がつながりを持つ」ということを発見していくのです。
 
小さなお子さまのいるおうちでは、日常の会話のなかでオノマトペを使う場面が多いかと思います。『いろいろバス』のような絵本をご家庭で楽しまれる際も、オノマトペとそれを表す絵が呼応し合う意味を少し意識しながら読んであげると、お子さんとのコミュニケーションもよりいっそう充実したものになるかもしれません。
 

ところで、『言語の本質』では続けて、オノマトペによって言語の山への足場をかけた子どもが、そのあとどのようにして山頂へと向かうのかという秘密に迫っていきます。
今度は、子どもはオノマトペから遠ざかることで、言語という膨大な数の抽象的な記号の体系を習得していくとのこと。そこで展開される著者の方の長年の地道な研究に基づく考察は、同時に、そもそも言語とはどのように生まれ進化したのかという、根元的な問題を解き明かそうとする試みでもあり、人間とは何かという壮大なテーマにもつながるものです。少しアカデミックな内容ですが、非常に面白く新鮮な驚きと感動を与えてくれる『言語の本質』。弟の言っていたように、“読んどったほうがええ本”として、こちらも是非おすすめしたいです。
 
 
 

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