広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.107

蔦屋書店・江藤のオススメ『スワン』呉勝浩 著/KADOKAWA

 

「スワン事件」をご存知だろうか。

2018年4月8日(日)午前11時から正午過ぎにかけて「湖名川シティガーデン。・スワン」で発生した事件だ。

2人の男性が銃と日本刀を使い無差別殺人を繰り返し、死者21名重軽傷者17名を出した、前代未聞のテロ事件である。

 

なんとも恐ろしい事件であるが、これは今回紹介する本「スワン」の中で起こる事件であって、実際に行われた事件ではない。

 

しかし、唐突にこのような事件があったのだ、と言われると、知らなかっただけで、あったのかもしれないと思ってしまわないでしょうか。

今この時代に生きている我々は、このような事件がいつ起きてもおかしくないと思えるような日常を日々過ごしているのです。

 

であれば、あなたがいつこのような事件に巻き込まれてもおかしくない。

 

突然に降り掛かってくる悲劇。

つい先程までいつもと変わりない日常を送っていたはずなのに、あまりにも理不尽な悲劇に巻き込まれる。

その時なにが起こるのか。

 

そう、まさにその時なにが起こっていたのかが、この小説の最大の謎で、その謎が物語に強度を持たせ、物語をドライブしていき、異常な吸引力を持って読んでいる私達を掴んで離さない。

 

この「スワン事件」に巻き込まれた高校生のいずみは、犯人と接触しながらも生存した被害者の1人だ。

恐ろしい事件を生き延びた被害者としての生活は、しかし、同級生の梢の告発によってどん底に突き落とされる。犯人は、捕らえたいずみに次は誰を殺すのかを指名させたという。

その梢の告発は週刊誌で報道され、世間からの強烈なバッシングを受けることとなる。

 

そのいずみのもとに、ある招待状が送られてくる。

同じく「スワン事件」で命を落としたある女性の死の真相を明らかにするために話を聞く「お茶会」を開催するという。その「お茶会」に集められたのは事件に巻き込まれた5人の生存者。

 

この「お茶会」で語られる内容から私達読者はこの事件のさらなる詳細を知ることになるのですが、集められた5人は、すべての真実を語っていない。

しかし、それは当然だと思うのです。

 

私達はなにかの出来事を人に伝える時に、その出来事のすべてを事細かく話したりはしません。大事なところは強調して、あまり関係のないところは省略して、そして、話したくないところは話さない。

 

例えばあなたがこの「スワン事件」に巻き込まれていたとしましょう。

あなたは生き残った。けれども、目の前でたくさんの人が亡くなった、もしかしたら助けることができたかもしれない、犯人を取り押さえることができたかもしれない、そんな後悔や迷いを持ち続けることになるのではないでしょうか。

 

しかし、それらは伝えようがないし、世間や報道はそんなことを伝えようともしません。

 

さて、この5名の「お茶会」での話は、だから食い違いや矛盾だらけです。

それはそうです、先程書いたように、全ては伝わらないのです。

ましてや、5人それぞれが、ある秘密を抱えているから。

5人それぞれが、ある恐れを抱いているから。

あなたがその真相を知った時。

衝撃を受けるかもしれない。

しかしそれでも

 

人は生きていくしかないのだ。

 

 

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