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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.263『ねこのセーター』及川賢治・竹内繭子/文渓堂

蔦屋書店・佐藤のオススメ『ねこのセーター』及川賢治・竹内繭子/文渓堂
 
 
赤い表紙の、まるで小さな子どもが描いたような画が目をひくこの絵本を初めて読んだ時、たわいないことが描かれているのに、何だかずいぶん心の奥のほうの話をしているような、不思議な気持ちになりました。
 
絵本というのはかわいらしさの宝庫ですが、『ねこのセーター』で描かれているのは、ほかの絵本ではなかなか出会わないタイプのかわいさだと思います。
 
作者は、多くのヒット作を生み出している100%ORANGEこと及川賢治さんと竹内繭子さんのお二人。及川さんは、この作品について次のように述べています。
 
「いわゆる普通の絵本だと、主人公がどこかに行って何か冒険したり、少なくともお話がどこかに向かおうとするものだけど、そうじゃないもの、どこにも向かわないものはできないだろうかと思ってつくったのが、この『ねこのセーター』だったのです。…」〈穂村弘『ぼくの宝物絵本』(河出文庫) 解説文より〉
 
どこにも向かわないもの。たしかにこの絵本は、主人公であるねこが一歩も家から外に出ないだけでなく、描かれる内容も、他の絵本とは少し様子が違っています。
 
「これは さむがりで なまけものの ねこです。
ねこの セーターは ぶかぶかで ぼろぼろで おおきなあなが 2つもあいています。
ねこは さむがりなくせに、こんな セーターを きているのです。」
 
ぶかぶかぼろぼろのセーターを着て、何だか浮かない顔をしたねこは「どんぐりに ぼうしをかぶせる しごと」をしています。ずいぶんのどかでかわいらしい仕事ですが、なまけもののねこは、だいたい三つもぼうしをかぶせると「ああ、めんどうくさいなあ」とやめてしまいます。
 
心が緩んでしまうような、ねこの「どこにも向かわない」ようすは、そのあともいくつか続きます。「さむがりで、なまけもので せっかちで おぎょうぎがわるく はずかしがりやの なきむしで ちょっと だらしない」ねこは、仕事を放り出して楽しげに晩ごはんを食べ始めたかと思えば、今度はどんぐり達にからかわれて泣きだす始末。
 
ねこは、欠点があってもそのままです。それを改めようとしたり、何かを学んだりすることはありません。そんなどこにも向かわないねこのお話はキュートで微笑ましく、そして少しだけ、はかなさのようなものも滲ませます。
 
ほかのたくさんの、お話のなかの冒険によって心が満たされるような絵本も、もちろん無くてはならないものですが、『ねこのセーター』のような、いわゆる「ためになる」というところが全くない、前向きであることに背を向けたような作品が放つ魅力というのもあると思います。可笑しいようですが、この絵本を読んでいるとたまに少し涙ぐんでしまうことがあるのは、自由気ままなねこの持つナイーブさが、いとおしさと共に胸に迫るように感じられるからかもしれません。
 
ぼうしを被せるとびっくりするどんぐりたちに、「やあ どうも」とか「はい こんにちは」とかひとつずつ声をかけてあげるこのねこは、寒がりな自分にとってはあまり役に立っていないはずの、大きな穴の空いたセーターを、気に入ってずっと着続けます。それは一体どんな気持ちのものなのだろうかと考えてみますが、私にはうまく想像することができません。
 
どこにも向かわないねこのお話は、時によると、世の中にあって必要で大切なものとして差し出されているように思えることもあります。
たとえば、ナンセンス絵本のなかの傑作と呼ばれる作品をいくつか見ていくと度々感じる、“こうあるべき”という考え方から自由であろうとする姿勢は、社会や大きなシステムの中で、個人としての自分や誰かの心を守ることに通じるものでもあると思いますが、『ねこのセーター』にもそうした視座は、含まれているような気がします。
 
一方で、“こうあるべき”ということにはあまり興味がなさそうな、無邪気なねこのお話は、外界から隔てられた家の中から一歩も出ないものでもあります。
どこにも向かわないでいることは、きっと、ずいぶん難しいことでもあるのだろうと思います。
 
小さなお子さま向けの本のように見えますが、どちらかというと大人の方にこそ読んでほしい魅力を持つ作品かもしれません。
たとえば、いつも頑張っているけれど、たまにはふっと気を弛めてほしいなあと思う誰かに贈るプレゼントとして、こんな絵本を選んでみるのはいかがでしょうか。
 
 
 
 

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