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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.251『あたごの浦』脇和子・脇明子 再話 大道あや 画/福音館書店

蔦屋書店・佐藤のオススメ『あたごの浦』脇和子・脇明子 再話 大道あや 画/福音館書店
 
 
他のジャンルの本とは違い、絵本は多くの場合、声に出して読まれます。そうすると《声に出した時にどのように響くか》ということは、絵本にとってかなり大事なことかもしれません。ですがそのような意味合いで、安易な形ではないユニークさを備えた絵本は、案外少ないような気がします。
 
『あたごの浦』は、画、文体、そして扱われる題材や内容など、子どもの本において大切な要素のそれぞれが優れた名作だと思いますが、中でもそうした「声に出しておはなしを読み、それを聴く」うえで、群を抜いた魅力を持つ作品ではないかと思います。
それはつまり、この絵本が方言を用いていること、土地に根差した話し言葉で語られているという個性に拠るものです。
 
表紙に「讃岐のおはなし」「脇和子・脇明子 再話」とあります。
児童文学作家の脇明子さんと、そのお母さまである和子さんが、高松の脇さんの生家がある地域の伝承を元に、明子さんのひいおばあさまの代から語り継がれてきたお話を本にした民話絵本です。

書き出しはまず、次のように始まります。
 
「前はとんとんあったんやと。
ある、お月さんのきれいな晩のことや。
あたごの浦に、波がざざーっと、よせてはかえし、よせてはかえし、砂浜は、明るいお月さんに照らされて、キラキラ、キラキラと、光りょったんやと。」…
 
見開きの絵の素晴らしさも相まって、たちまち、まるで自分もその夜の静かな砂浜に居合わせているかのような気分になります。
ゆったりした語り口につられて、一人で読んでいても思わずちょっと声に出してみたくなるのは、私だけではないでしょう。長年くり返し語られる中で自然に形づくられてきたかのような、リズムのある節まわしは読みやすく、心安らぐ明るい響きを持っています。
 

ここに「ゆらーり、ゆらーり」と波に揺られ、あたごの浦に上がってきた「おーけなおたこ」が登場。
おたこは開始早々、浜の畑になっているナスビを、八本足で枝から採っては口に運び、ムシャムシャと食べ始めます。
 
のっけからかなり唐突な展開に、タコがナスビを食べるのか?とか、エラ呼吸とか肺呼吸とか、頭をかすめないでもありませんが、この絵本のおおらかさを前にして、そんな些末なことを思うのは野暮でしょう。
さらにそれに加えて、海の中にいた鯛も、浜へ上がってやって来て、タコに向かって話しかけます。
普通の絵本であればきっと、
「ねえタコくん、きみ何してるの?」「ぼくね、いまナスビを食べてるんだ」
といったセリフのやりとりになりそうなタイとタコの会話。内容が内容だけに既になかなかの趣がありますが、本作では以下のよう。
 
「こらこら、おたこ、おまえはそこで、なにをしよんや」…「へえ、おなすびちぎって、食べよります」
 
晴れた夜空に、ぽっかり浮かぶ丸い月。
なすびもええけど、今晩はお月さんがきれいなけん、ひとつ演芸会でもせんか、という鯛の提案に、おたこはもうおおよろこび。にぎやかな、にぎやかな、魚たちの演芸会が幕を開けます。
 
フグやカレイが順番に、かくし芸を披露する宴の様子が、土地のことばで唄うように語られる文章の楽しさは、ぜひ本書を読んで、味わって頂けたらと思います。 
 

そして、そうしたお話と渾然一体となって「あたごの浦ワールド」を成しているのが、大道あやさんの作画です。大道さんの絵も、この本の言葉の面白さに勝るとも劣らない滋味深い魅力に満ちています。
 
個人的な感想ですが、おおらかで愛嬌たっぷりの魚たちを描く絵柄の奥に、一抹のおどろおどろしさが、微かに見え隠れするような気もするあたり、江戸時代の民俗絵画である大津絵を思い起こします。
 
大道さんは1909年生まれ。広島で被爆。お兄様は「原爆の図」で有名な画家の丸木位里氏です。家業である花火工場で長年働かれたのち、六十歳から絵を描き始めその後本格的に画家として活動。日本画や絵本など数百点の作品を残されました。
『あたごの浦』が持つ、小さな子どもを思わせるのびのびとした素朴さと、円熟した枯れた渋みが同居するような独特の作風は、画家としては少し遅めのスタートを切られた大道さんのそのような経歴も、関係するのかもしれません。
 
子どもだけでなく、大人のファンも多い本ではないかと思います。
作り手のかたでは、死後くんが、おすすめのお気に入りの絵本として紹介をされているほか、酒井駒子さんもご自身が影響を受けた特別な作品として、本書を挙げておられます。
 
絵本としては一見少し地味な印象を受けるかもしれませんが、お話を読む人も、読んでもらう人も、思わず笑顔になる一冊。読み聞かせることの楽しさ、面白さを、改めて実感できる作品として、是非手にとっていただければと思います。
 
 
 
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