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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.227『親指が行方不明―心も身体もままならないけど生きてます』尹雄大/晶文社

蔦屋書店・江藤のオススメ『親指が行方不明―心も身体もままならないけど生きてます』尹雄大/晶文社
 
 
みなさん、自分の身体が自分の意志とは反するような動きをしてしまうことってありませんか。この本の著者である尹雄大さんは、そのようなことがよくあるそうです。
 
例えば、子どもの時の話ですが、自転車に乗っている時に「あれ、今ハンドルを握っているこの手を放してしまったら。一体どうなるんだろう」とふと考えてしまうことがあるそうです。
それを考えるだけなら、そんなに危ないことでも無いのですが、どうしてもそれが我慢できずに、手を放してしまって、当然のようにころんでアスファルトに肩を打ち付けてしまったそうです。それが、たった一度ならまだいいのですが、その後も少し進んでは手を放してころんでしまう、というのを繰り返してしまう。
「どうしてそんなことするの!」と母親が問うと、泣きながら「だって心がそうさせるんだもん」と抗議をしたとのこと。
 
この「心がそうさせるんだもん」というのは、実はすごく私の胸には刺さりました。
というのも、私自身も、それをやったら駄目だってことはわかっているのだけど、でも実際にやったらどうなるんだろうと考えるのをやめられないのです。
 
こういう気持ちは以前から私自身が持っているもので、それはおそらく、私は本を読むことが大好きで、本を読むということは想像力が鍛えられるということなので、その想像力ゆえにこんな事を考えてしまって、それに囚われてしまうのかなと思っていました。
それは、もしかすると1つの答えなのかもしれませんが、私がこの本を読んで思ったのは、あ、同じような人がいるんだな。という安堵の思いでした。
 
こういう行動をとってしまう人に対して、それは、これこれこういう障害によるものであると名前を付けることはできるのかもしれない。しかし、身体的なものにしても、精神的なものにしても、障害というのは程度の問題なのではないかと考えることがある。
そこに明確な区切りなどはなく、程度の差こそあれ繋がっているに違いない。
 
そう考えれば、心と身体が一致しないなんていうのは、誰にでも起こっている。
緊張してしまってうまく話せない。人に話しかけたいのだけど、人見知りで声をかけられない。早く走りたいのだけど、実際はすごく遅くしか走れない。その人のことが好きなんだけど、逆に意地悪をしてしまう。
こんなことは誰にだってある。
 
この本は、著者の尹雄大さんによる、生きづらさを感じている日々の中、自らが自らを観察し考察をするという、いわゆる当事者研究と言われるようなジャンルの本だと思う。
そのようにこの本を読むと、もしかしたら他人事として読んでしまう本なのかもしれない。
 
しかし、私にはそのように読めなかった。尹雄大さんは完全に私と連なるどこかにいる人であると認識して、自分事として読み進んだ。もしかするとあなたも同じ連なりの中にいるのではないでしょうか。程度の差はあると思いますよ、もちろん。
 
これは本を読むという行為に限らないことですが、自分事として考えるというのは、その対象を理解するために非常に役に立つし有効な考え方だと思うのです。
他人のことを自分のこととして考えるのみならず、これはちょっと言葉遊びのようになってしまうかもしれないのだが、自分のことを、自分事として考えるということによって自分に対する理解が深まるということもある。渦中にいる自分にとらわれず、冷静に自分を観察する、というような感覚に近いだろうか。その感覚を持つことはとても重要で、なんでこうなるのか自分でも自分がわからない、といった状態から抜け出すきっかけになるかもしれない。
 
その感覚を持って、本書をじっくりと読んでもらいたい。
あなたがなんとなく思っていた「普通」や「正しさ」が本当にあっているのか。わたしたちが目指すべき「ちゃんとした大人」という幻想を捨てることでもっと生きやすくなるのではないか。生きることがつらすぎるという感覚はただの思いこみでしかないのではないか。
 
この本を読みながら、ふと顔を上げて外を見て欲しい。
世界の見え方がもしかしたら変わっているかもしれない。
 
あなたらしい生きやすさについて
自分事として考えることから始めてみる。
 
それはおそらく、他者を理解し
他者への優しさを持つことにも繋がっている。

 
 
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