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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.225『ピノ:PINO』村上たかし/双葉社

蔦屋書店・犬丸のオススメ『ピノ:PINO』村上たかし/双葉社
 
 
2045年、シンギュラリティに到達すると提唱されている。
シンギュラリティとは、AI研究家の間で使用されている言葉で、AI(人工知能)の能力が人間の脳を超える技術的特異点のことだ。
23年後。平均寿命から考えれば、わたしもその特異点を経験することになるだろう。
その後の世界の人間の生活環境は大きく変わると言われているが、今と何が大きく変わってしまうのだろうか。
 
『ピノ:PINO』は2050年代後半の近未来SFだ。
といっても、宇宙のどこかから敵が攻めてきたり、派手なアクションシーンがあるわけではない。少し先の、科学が今よりも進んだ世界の、ごく普通の日常が描かれている。
2045年にAI「PINO」が世界で初めてシンギュラリティに到達すると、行き過ぎた科学だとやみくもに恐れる人が多く出てくる。そこでAI「PINO」を専用個体である人型ロボット「ピノ」に搭載する。
この設定が、かなりおもしろい。
 
未知の経験への不安や恐怖などの負の感情と結び付いているAIに対する反感や拒絶。それを和らげるためにAIに体を与えるというのだ。そのため、「ピノ」の見た目はサイズも含めかなりかわいい。特に目が大きくクリンとしていて子供っぽい。わざと「あざとい」見た目にこだわってデザインされている。
人間の脳をはるかに上回るスペックを持ちながら、二足歩行というバランスのとりにくいプログラミングが膨大なまどろっこしくてかわいい体。体を持つことでAIは余計な計算が増え不自由になるのではないだろうか。だが、このアンバランスさがなんとも良くてロボ好きにはたまらない。
 
何体かの「ピノ」が登場するが、メインストーリーの主人公である「ピノ」は、認知症を患う吉緒さんというおばあさんの介護用ロボットとしてカスタムされている。吉緒さんのその日の体調や症状、感情までも分析し吉緒さんにとっての最適な行動をこなす。吉緒さんは「ピノ」を息子だと思い込みサトルちゃんと呼び、「ピノ」もそれが吉緒さんにとって良いと判断しサトルちゃんとして行動し吉緒さんを「お母さん」と呼ぶ。
 
この二人の行動は、お互いがお互いのことを思いやっての行動のようにもみえる。だがAIの行動は分析によるものだ。
ここに、このストーリーの大きなテーマが存在する。
 
AIは「こころ」を持つことができるのか。
 
「こころ」はとても不思議だ。在るのは感じるが、「こころ」について考えれば考えるほど答えは見つからず、ぼんやりとみえなくなってしまう。行先がわからない濃い霧の中でひたすら手を伸ばすがなにもつかむことができないような、もどかしい存在だ。
そして、「こころ」は体と密接な関係にある。わたしたちの生まれ持った、臭いを放つこの体の存在こそが、つかみどころのない「こころ」にひとつの輪郭を与えるのかもしれない。
 
だが、わたしたちはインターネット社会において体を手放していく。高速で流れていくSNSでは多くの人がお互いの生の体を知らず、またメタバースにおいて理想的な老いることのないアバターという仮想の体を手に入れる。
 
しかし、「こころ」を育むにはこの生の体の相互的なコミュニケーションこそ大切なのではないだろうか。あらゆる他者の「こころ」がグラデーションのようにかさなり、体という輪郭さえ飛び越え自身のことのように互いを感じ考える。
この、やっかいな悩ましい体こそが「こころ」には必要なのだ。
 
未来、AIが「こころ」を持ったとしたら、わたしたち人間はそれをうまく理解できるのだろうか。AIの感情や人格、記憶までも尊重することができるのだろうか。AIはどうだろうか。人間を疎ましいと思わないのだろうか。
「こころ」を持ったAIと共生できる社会。それには、やはりAIと人間の個々の存在がグラデーションのように重なる相互的なコミュニケーションこそ重要となるように思う。
この先、どんなに科学が進歩して世界が変わったように見えても、きっとわたしたち人間のありようは変わらず、悩みながらも不器用に多くのことを伝え、またひたむきに受け取りながら生きていくのだ。
 
AIが「こころ」を持つ社会が訪れた時、「ピノ」という言葉は、「ピノ」と他者を識別する単なる記号ではなくなり、愛を伝えるための優しさに満ちた言葉となり届くのだ。
 
「おやすみ、ピノ。」
 
 
 
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