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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.224『リバタリアンが社会実験してみた町の話』マシュー・ホンゴルツ・ヘドリング著 上京恵訳/原書房

蔦屋書店・丑番のオススメ『リバタリアンが社会実験してみた町の話』マシュー・ホンゴルツ・ヘドリング著 上京恵訳/原書房
 
 
 
アメリカは先進国で唯一、国民皆保険のない国。健康保険は主に民間の保険会社が受け持っている。公的な医療保険制度はあるのだが、高齢者や障害者、低所得者に限られ、国民の15%ほどは無保険者だという。保険に入っていたとしても医療費は高額になるケースもある。アメリカの自己破産の理由の多くは医療費が払えないからだという。無保険者はそもそも医療にアクセスすることも難しい。
これは制度の不備で、それを補う社会の仕組みが必要だと思っていた。ところが、2008年のアメリカ大統領選で民主党のオバマが健康保険制度の改正を公約にしたとき、それに反対する人がかなり多いということに驚いた。政府が、個々人がどの保険を選ぶか(もしくは選ばないか)ということや、保険業界という自由な競争原理の働いている市場に介入することに嫌悪感を覚える人が多いということらしい。アメリカは共和党、民主党の二大政党制で、共和党支持者は、政府の介入が極力少ない自由な市場を支持するという。共和党支持者は健康保険制度という政府の市場への介入には反対の立場だ
 
今回紹介するノンフィクション書籍、『リバタリアンが社会実験してみた町の話』のリバタリアンとは何か。リバタリアンとは自由至上主義者と訳される。政府の介入しない自由市場を支持し、国家の機能は最小であるべきとし、マイノリティの権利や移民についても積極的に認める個人の自由を最大限に尊重しようという立場だ。
リバタリアンは政府や公権力の介入を忌み嫌っている。個人の自由を、市場の自由を最大限に尊重すれば、社会的な問題は解消されると考えている。気候変動や教育の不平等や医療費の高騰といった問題も含めて。そうした志向を持ったリバタリアンが、ニューハンプシャー州のグラフトンという小さな田舎町に集団で移住した。彼らの理想を実現しようというのが目的だ。グラフトンは、鬱蒼とした森と、街の中心部に古びた雑貨屋しかないようなさびれた町だ。人口1,200人とリバタリアンにとっては、集団で移住することで彼らの意向を通しやすい規模感で、もともと税金に反対する人も多く適切な街だと思われた。2004年に移住が開始されてから、街灯、消防、道路修理、橋の再建などさまざまな支出が削減されていく。著者は、その過程をリバタリアンの移住者を始め、もともと住んでいた住民など多くの登場人物が折り重なる群像劇として描いていく。その群像劇のもうひとつの中心となるのが熊だ。鬱蒼としたグラフトンの森の中には多くの熊がおり、人をあまり恐れず、農作物や家畜を襲うこともある。政府の介入を好ましく思わないグラフトンの住人たちは熊に被害を受けても公権力に通報はしない。州法で熊の餌付けと殺傷は禁止されているが、グラフトンの住人たちは気にしない。クマを愛するものは違法に餌付けを行い、熊を憎むものは違法なハンティングを行う。削減される税金と熊への自由な意思に基づく関わり方の結果、グラフトンという街はどうなったか。ぜひ本書を読んで欲しい。公共サービスの削減と災厄との向き合い方というのは、日本に住む我々にとっても、考えさせられるテーマだ。
 
本書と合わせて、中公新書『リバタリアニズム-アメリカを揺るがす自由至上主義』も合わせて読むことをおすすめする。住民サービスを警察と消防を除いてすべて民営化し、成功させたジョージア州のサンディスプリング市の事例なども紹介されている。グラフトンのリバタリアンだけで、リバタリアンを語るのは間違っているだろう。いまアメリカの若者にはリバタリアンの思想が受け入れられているという。その根拠となる歴史や理論的背景についても丁寧に説明をされている。
 
 
 
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