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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.220『燃える音』横山裕一 著/888ブックス

蔦屋書店・犬丸のオススメ『燃える音』横山裕一 著/888ブックス
 
 
説明されない可笑しさというものがある。
説明されないことで「なんだこれは?」と、能動的に脳が動き出す。予測と全くズレた内容にしばらく浸かっていると、クツクツと笑いがこみあげてくる。わからないままを受け入れる。能動的でありながら受動的になることで可笑しみがあとからあとから湧き上がるのだ。
 
横山裕一さんの作風をカテゴリー化するのは難しいが、「ネオ劇画」と『世界地図の間』(イースト・プレス)で称されていた。たしかに、現代アーティストと漫画家、どちらでもあり、どちらでもないような、あいだでもあり掛け合わせたようでもあり、「ネオ劇画」とはうまく名付けたものだ。
彼の書籍はどれもお勧めしたいが、なかでも『燃える音』は、むちゃくちゃカッコいい。そのうえ、笑いが止まらない。だが少し回り道にはなるが、横山さんの他の書籍から紹介させていただきたい。
 
『アストロノート』(888ブックス)では、いきなり宇宙空間を飛行している謎のキャラクターから始まる。ここは宇宙のどこなのか、彼ら(?)は何者か、なぜ宇宙空間を飛んでいるのか。説明など一切ない。宇宙船などに乗っているのではなく何百何千という見たこともない個性的なキャラクターが自力で飛行している。どういう構造?とか、考えているうちに一人がしゃべりだす。
 
「しょくん」
ページをめくる。
「もう少し整然と飛行しよう」
 
そこか?予測とズレる。日常会話であまり使わない「しょくん」とくれば、もっと重大な説明的なセリフかと思う。(ひらがなであったので、なにか違和感のような可愛さを感じたが。)セリフや会話の突然のズレが可笑しみを生みだす。これこそナンセンスな笑いなのだ。
擬音も横山さんには、欠かせない。「ゴオオオオオ」「バタバタ」「グルグル」。コマの中で賑やかにかなりのスペースを占める擬音。どのコマも擬音があることで完成する。
 
『ルーム』(ハモニカブックス)もすごい。これはギャグマンガで、多分、完成している…のだと思う。が、下描きに見える。ここにもズレがある。完成なのだと受け入れてみると、すべてがかっこよく見えてきてしまうのだ。
修正の跡、下絵の残り、ページ数の間違い、裏紙や封筒を使用しているところも計算されているのか?会話もズレていて笑いが止まらないが、現代アート作品を眺めるように各コマに潜んでいるなにかを探しながら観る。
受動的になり、さらに能動的に脳が活動するのだ。
 
そこで『燃える音』だ。

「実施しろ」
「何をだ」

と、いきなりくる。いきなりナンセンスなのだ。絵はコラージュ?説明のしようがない。「なんだこれは?」と、くぎ付けになる。擬音が激しく飛び回る。擬音でもう絵が見えない。いや擬音も絵なのだ。今までにない熱いエネルギーを感じる。訳が分からない。その訳の分からなさが、兎にも角にもカッコいい。笑える。可笑しみが止まらない。
ズレに対して「なんでだよ」と否定的なツッコミを入れず、そのままを受け入れる肯定的な笑い。それこそが、横山さんの表現を最高にカッコよく受け入れる扉となる。
 
少し前に横山さんのトークイベントへ行った。どしゃぶりの中、傘をさして暗闇の中そぞろ歩きながらのイベントは思い出深い。終始、ひょうひょうとした様子だったが、イベントの終盤での横山さんのことばにはグッときた。
「自分の作品は必要だと思う人だけにあればよい。」
「ここにいる人たちは、この作品が必要な人たちなのでしょう。」
 
ズレとは標準的なことからの脱線だ。標準または普通でいなければならないような生きづらさが日常に潜む。横山さんの作品のカッコよさは、ズレることはおもしろいことなのだ、もっとズレていいのだ、もっともっとグワーッと手足を伸ばして自由でいいのだと笑いながら思わせてくれるところだ。
 
確かにわたしは、横山さんの作品が必要なひとりであるのだ。
 
 
 
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