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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.218『からすたろう』八島太郎/偕成社

蔦屋書店・佐藤のオススメ 『からすたろう』八島太郎/偕成社
 
 
卒業式が近づくこの時期によく読まれる絵本として、『からすたろう』を紹介したいと思います。
 
この本は、いじめの残酷さや教育のあるべき姿をテーマとした、考えさせられる内容でありながら、そうしたメッセージにとどまらない意味を含む作品でもあります。
 
舞台となるのは戦前の小学校。
学校にあがったはじめての日、一人教室の床下に隠れていた「ちび」は、先生をおそれて何一つ覚えることもできなければ、友だちと話すこともできません。いつもひとり捨て置かれたように、ポツンとクラスのしっぽにくっついて、馬鹿にされ、誰からも相手にされませんでした。
そのようにして教室や校庭で、孤独な時間を過ごしながら、ちびは毎日、遠い道のりを学校に通います。
 
そのまま何年もの月日が経ち、ちびたちが六年生になったとき、「いそべ先生」が新しく担任になります。先生はにこにこして親しみやすい人でした。
いそべ先生は、それまでの先生とは違い、ちびのことを気にかけ、知ろうとします。
ちびが花や植物に詳しいことを喜んだり、ちびの独特な習字の作品を壁に飾ったり。先生は、誰もいない教室で、ちびと二人きりで話をすることもありました。
 
そして、六年生は、最後の学芸会の日を迎えます。ちびにとって、それは他の子どもたちよりももっと特別な日でした。…
 

何故これほど心を揺さぶられるのか、自分でよく分からないまま感動する。私にとってこの絵本は、長い間そういう状態のものでした。
誰かの、「『からすたろう』は、辛く孤独な日々を過ごしてきたちびが、いそべ先生との出会いによって救われる物語であり、ちびという子どもを一人の人間として尊重する、いそべ先生の教育者としてのあり方が素晴らしい」という感想に共感しながらも、それだけでは説明できないものがあるように感じていました。
それが、少し前に何年ぶりかでこの絵本を読み直したとき、自分がこの作品の何に引かれていたのか、改めて分かったような気がしたのです。直感って面白いですね。
 
作品の中で、作者八島太郎は、ちびの心に映るものを一つ一つありありと描きます。
 
表紙に描かれたちびの眼が、少し斜視があるように見えるのは、自分を苛めてくる同級生の顔や、分からない黒板の文字など、見たくないものを見まいとして、彼がしだいにやぶ睨みの目つきをするようになったから。
 
一方で、ちびが教室でほうっておかれている間に飽きずに眺めていたのは、天井板の模様であり、友だちの着物の肩のツギハギであり、毎日の窓の外の風景でした。
 
また休み時間の校庭では、ひとり目を閉じて、遠くから近くから聞こえてくる様々な音に、じっと耳をすませました。
 
ちびは、たいていの子どもは触ることもできないムカデやイモムシをつかまえて、じっと見ていることもできました。
 

自分の置かれた状況を、何も言わず淡々と背負うちびの心は、常にひとり静かに対象に向き合います。
彼が孤独の中そうした時間を積み重ねていったことが、実は最後の学芸会の場面に繋がっていることに、今、思い当たります。
 
『からすたろう』は、ちびの身に起こった出来事を語りながら、同時にちびという人間のありかたを描いた作品であること。私が強く引きつけられていたのはそうした側面にあったことに、何年も経って気がつきました。
作者は研ぎ澄まされた表現で、ちびの真摯な心の歩みをたどります。そこで浮き彫りになるのは、時代を越えた、私たち個々の魂のかけがえのなさとでもいうべきものだと思います。
 

八島太郎は、画家で社会運動家としても活動した人物であり、プロレタリア文学を代表する作家小林多喜二の拷問死したデスマスクをスケッチしたことが知られています。戦争中に徴兵を逃れるため妻と共に渡米し、以後アメリカで創作活動を行いました。
 

八島が描く『からすたろう』の絵は、美しく鮮やかな色使いのなかに、どこか暗い影のようなものを宿します。それは、人が元来持つ孤独と向き合った心が滲ませる暗さであり、美しさなのかもしれません。ちびには世界がこんな風に見えていたのだろうか?と思います。

本作は、作者の渡米後1955年にアメリカで出版されました。翌年、米国で最も権威ある絵本の賞コルデコット賞の次席を受賞しています。
 
 
 
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