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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.236『代わりに読む人0 創刊準備号』友田とん 編集 著/代わりに読む人

蔦屋書店・犬丸のオススメ『代わりに読む人0 創刊準備号』友田とん 編集 著/代わりに読む人
 
 
今回、紹介する文芸雑誌『代わりに読む人0 創刊準備号』を編集された、友田とんさんに最近はまっている。
きっかけは4月に広島で開催された文学フリマだった。文学フリマは文章系同人誌のフリーマーケットで、全国で開催されている。100ブースくらいあっただろうか。入口から順番に気になるブースで話し込んでいたら、あっという間に時間が過ぎていた。そろそろしゃべり疲れたし予算もオーバーしたなあと思いながら、入口から最も遠い場所のブースでリーフレットをパラパラとめくっていた。そのブースは担当者が誰もいなくて、リーフレットだけもらって帰りたいけど何も言わなくても大丈夫かなとモゾモゾとしていた。すると後ろから「すみませーん」という声とともに、少し息を切らした男性が「休憩に行っていて、ブースに誰かいるのが見えたので、走って帰ってきました!」とブースの中へ滑り込んできた。一生懸命に走って帰ってきてくれたのだろう、その様子になんだかとてもほっこりとして笑ってしまった。
そこには、『パリのガイドブックで東京の町を闊歩する まだ歩きださない (1)』などの、よくわからないけどおもしろいタイトルの書籍が並んでいて、なかでも『『百年の孤独』を代わりに読む』というのが謎すぎて「代わりに読むってどういうことですか?」と尋ねた。すると「『百年の孤独』って分厚くてなかなか読めないでしょ?だから代わりに読みました。ハハハ」とのこと。「?」だったが、購入。しかも「サイン書いていいですか?」とおっしゃる。サインというものは購入した側が頼むものだと思っていた。著者自ら、「サインを書いていいか」と尋ねられるのは初めての経験。
サインには「友田とん」という名前とともに言葉が添えられていた。
 
このおもしろみが溢れだしてしまう人、友田とんさん。彼はひとりで、「代わりに読む人」という出版レーベルを持ち、自ら文章を書き出版している。
その友田さんが、新しく文芸雑誌を出版するという。それも、創刊準備号。次回が創刊号で今回はあくまで準備号。『パリのガイドブックで東京の町を闊歩する まだ歩きださない (1)』のタイトル通りのような、この回り道さ加減も友田さんらしい。
そのうえ、この雑誌は最初から最後まで最高におもしろかった。雑誌なのでもちろんどこから読んでもいいけれど、できれば最初から順番に読んでいってほしい。執筆者のプロフィールなんて後回しにしてほしい。
とにかく読んで!と言いたいけれど、ほんのほんの少しだけ。
最初の、自転車の荷台でオカメサブレを売る二見さわや歌さんの「行商日記」は、読んでいるとバターの香りと味が口の中に広がるようだ。検索してみるとほっぺが赤いオカメインコの形をしたかわいらしくておいしそうな焼き菓子が出てきた。いつか行商している彼女に会いたいとぼんやり想う。次が陳詩遠さんの「解凍されゆく自身とジュネーブ近郊の地下で起こっている乱痴気騒ぎについて」。題名からして穏やかでない。しかも、「石鹸を食べたことがある」から始まる。それまでのほんわかした気分が一気に覆される。どんな話なのかドキドキする。また、時にはエッセイだと思って読み進めたら小説だったりと想像と現実の境界が曖昧になったりもするし、「これから読む後藤明生」では「ついに読むべき時がきたか」とツンドク棚を見上げる。
まったくの予備知識無く読む雑誌ならではの楽しさだろう。しかも自分では選ばないような人たちの文章を、自分では選ばない順番で読む。選ぶ時点で何らかの予備知識があるのだから、選んでしまったらこの楽しみはきっと薄れてしまう。もちろんこの順番には友田さんの苦労もセンスも感じる。巻頭言のなかで友田さんは、「読む」ことを通じた思いもよらぬ隣人や異界との出会いを生み、読む/書く人たちの試行錯誤の場となる「公園」を目指します、と、書かれていた。確かに、この一冊で多くの人や世界に出会えたし、多様な執筆者が試行錯誤して作ってくれた遊具ともいえる文章で思いっきり楽しんだ。何度でもこの公園へ遊びに来たい。
 
創刊準備号のテーマである準備。わたしたちの生きている行為すべてがなんらかの準備であるといえるだろう。ある目標にたどり着いたとしても、それもまた次へ続く準備ともいえる。準備をしないことも、準備をしないと決めたことが準備をしないという準備ともいえるし、準備をしないこともが思いもよらぬことを引き起こすための準備になってしまうのかもしれない。結局すべてがこの世を去るためへの準備なのだとしたら、「結構、おもしろいことあったな。」と思い出せるような準備にしたい。それには、きっと様々な本が連れてくる出会いが多く含まれることだろう。
 
『『百年の孤独』を代わりに読む』は、ガブリエル ガルシア=マルケスの『百年の孤独』をテレビドラマや映画、落語など関係なさそうなこと多めで読みほぐしてくれるユーモアと寄り道がたっぷりの一冊だった。
サインの横に書いていただいた言葉。
「脱線がつくりだす読書の登坂車線」
つい速い車のほうの車線をまっすぐ行きがちになるけれど、脇によけて脱線しながらノロノロと行くことは悪くないし、時にはそんな自分のペースさえ脱線してもいいかもね。
そう思わせてくれた友田さんと「代わりに読む人」から出版される書籍から広がる出会いに、まだまだはまりそうなのだ。

 
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