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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.229『えきべんとふうけい』マメイケダ/あかね書房

蔦屋書店・佐藤のオススメ『えきべんとふうけい』マメイケダ/あかね書房
 
 
『えきべんとふうけい』は、食べものを題材とした美味しそうなイラストレーションが注目される画家、マメイケダさんの描かれた絵本です。そのタイトルの通り、各地の駅弁と鉄道路線から眺めた景色が、風情ある絵でたっぷりと楽しめる内容になっています。
 
マメイケダさんは、ご自身が召し上がった食事をそのまま描くことが多いそうです。そのせいもあるのでしょうか、マメさんの作品には、実際に食べているときの感覚を誘発する作用がある気がします。絵を見ることが、いくらか味わうことの領域に足を踏み入れているような。すごく精緻なイラストというわけではないのに、不思議なリアリティがあるのです。
 
お弁当が描かれた絵本はたくさんあります。美味しそうでウキウキするような気持ちになるものばかりです。でもこの本はその中でもひときわ吸引力が強い。本格的によだれがでます。お腹が鳴りそうになります。からだが勝手に、食べるための準備をはじめてしまいます。
 
赤いくちばしのお魚形の醤油さしが案内役の『えきべんとふうけい』には、以下の九つの駅弁が登場します。(作品巻末参照)

・チキン弁当〈JR東日本クロスステーション〉
・シウマイ弁当〈崎陽軒〉
・サンドイッチ〈東海軒〉
・稲荷寿し〈壺屋弁当部〉
・湖北のおはなし〈井筒屋〉
・八角弁当〈デリカスイト〉
・ひっぱりだこ飯〈淡路屋〉
・桃太郎の祭ずし〈三好野本店〉
・おべんとう「勾玉」〈一文字家〉

実物よりも、少し大きめに描かれたこれらのお弁当。座って膝のうえで、或いは椅子に腰かけ絵本をテーブルに置いてページを開けば、今まさにその駅弁を食べようとしているような格好になります。
マメイケダさんと親交のある行動学者の細馬宏通さんは、この絵本について、「駅弁と風景が交互に描かれる絵本。これはまさしく駅弁をたべるときの視線の動き、メシが景色で景色がメシで。...」と評されます。都会から出発し、素朴ながら風光明媚な地方の景色なぞゆっくりと楽しむ鉄道の旅を、擬似体験するスタイルの『えきべんとふうけい』。現実の旅行で九つもの駅弁を楽しむことはなかなか難しい分、想像の中ではありますが、ある意味夢のような旅であるとも言えるでしょう。

 
「ああ、美味しそうだなあ」と、この絵本をためつすがめつしているうちに、これまで残念ながら鉄道の旅にあまり縁がなく、駅弁にも詳しくない私は、ある時ふと気が向いて、最初に登場する「チキン弁当」をインターネット検索してみました。すると、当たり前のことなのですが、出てきたのは『えきべんとふうけい』の挿絵と、盛りつけまで全く同じお弁当の写真。そして製造元や駅弁愛好家の方たちの、その駅弁に関する力のこもった詳細な説明でした。
 
それらを読んで、知識のない私は、「チキン弁当」が新幹線の開通と共に誕生した有名な駅弁であること、上皇陛下も好んでお召し上がりになる由緒正しき逸品であることを初めて知り、「おお、これが」と妙に感心しながら、是非ともいつか食べてみたいものだと思いを強くしました。
 
そのようにして、登場する駅弁を順番に調べてみると、一点一点が素晴らしい実力者揃いです。まさに駅弁界のスーパースターが選ばれているのだと、大いに納得。
 
さらに、写真と解説を見ながらお弁当の中身を確認することで、新たな楽しみも生まれます。マメイケダさんの絵は、リアルな存在感を持ちますが、細かな部分まで写実的に描くようなものではありません。それで例えば、崎陽軒のシウマイ弁当のシウマイの横に詰められた橙色のおかずが、てっきり勝手にニンジンだとばかり思っていたら、実は杏であることや、また端の一画を陣取る薄い茶色のおかずが何かと見てみれば、しゃきしゃきとした歯応えが人気のタケノコを煮付けた美味しそうなお惣菜であることが分かったり。ちょっと予想外な食材の素性が明らかになることもあって、マメさんの描くお弁当が、より一層美味しそうに見えてきます。
 
また、どれも長年愛され続けた品々だけあって、そのお弁当の来歴やうんちくなど、商品の背景についての話も、興味深いものばかり。静岡・東海軒のサンドイッチのパッケージがトリコロールカラーである理由など、『えきべんとふうけい』を通して、その商品に親しみを覚え、食べたこともないお弁当に詳しくなっていく自分に気がつきます。
 
もちろん、この作品に出てくる駅弁を召し上がったことがある方も、そのお弁当を知っているからこその楽しみ方ができる絵本だと思います。食べたときの記憶や思い出が蘇るということも、あるかもしれません。
 
マメさんが駅弁と対にして描く、各地の車窓からの眺めは、特別な観光地というよりも、その土地の生活のにおいがするような、普通の場所の心地好い美しさのある風景です。とある晴天の一日を切り取ったようなページの絵には、いつかの旅先で感じた、目の前の景色に心が開放されるような快さや、気持ちの良い風や、陽射しの眩しさなどが懐かしく重なる気がします。
 
そして、いつかまた鉄道の旅をしよう、そのときは絶対に駅弁を買って車内で景色を見ながら食べようと、素敵な人生の目標が一つできる。『えきべんとふうけい』は、読む人に、ささやかな幸せを分けてくれる本であると思います。
 
 
 
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