広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.234『長距離漫画家の孤独』エイドリアン・トミネ著/長澤あかね訳/国書刊行会
蔦屋書店・丑番のオススメ『長距離漫画家の孤独』エイドリアン・トミネ著/長澤あかね訳/国書刊行会
エイドリアン・トミネはアメリカのコミック作家だ。不器用な都市に生きる生活者の孤独や焦燥、承認欲求を描いてきた。説明的でない物語は、画面に描かれていることから背景を読み取り、描かれてないことから、登場人物の心理を想像する楽しさがある。前作『キリング・アンド・ダイング』(2015年)の表題作は、アメリカで最も権威のある漫画賞、アイズナー賞の最優秀短編作を受賞した。また、トミネは歴史ある雑誌『ニューヨーカー』でも2004年から何度も表紙を手掛けている。トミネは、アメリカでもっとも成功したオルタナティブ・コミック作家のひとりであると言える。
本作『長距離漫画家の孤独』はトミネの自伝的なコミックである。エイドリアン・トミネはどんなキャリアを歩んできたのだろうか。
エイドリアン・トミネは1974年にカリフォルニア州サクラメントに生まれた。幼い頃は、スーパーヒーローものなどのジャンルコミックを読んでいたが、次第に日常的なテーマを描いたインディーコミックに惹かれるようになっていったという。そして、ZINEムーヴメントが盛り上がる中で、1991年16歳のときにコミックシリーズ『Optic Nerve』創刊号を自費出版した。ゼロックスでコピーしたわずか6ページの小冊子で、印刷部数は25部だった。その後トミネは『Optic Nerve』シリーズを書き続け、地元のコミックブック・ストアは、委託販売でトミネのコミックを棚に並べることを許可してくれた。トミネは自分の作品を他のオルタナティブ・コミック作家に送り、何人かの作家は自分のコミックの中でトミネの作品を賞賛してくれた。知名度は飛躍的に高まり、『Optic Nerve』7号を出版する頃には、売り上げは6千部に達していた。
そして、1995年、出版社から『Optic Nerve』シリーズを出版することになり、コミック作家として華々しいデビューを飾ることになる。2004年からは、イラストレーターとして、雑誌『ニューヨーカー』の表紙をたびたび手掛け、2007年に出版した『shortcomings』はニューヨーク・タイムズの注目すべき1冊に選ばれる。そして、2015年には漫画界のアカデミー賞と言われるアイズナー賞を受賞している。
そして、1995年、出版社から『Optic Nerve』シリーズを出版することになり、コミック作家として華々しいデビューを飾ることになる。2004年からは、イラストレーターとして、雑誌『ニューヨーカー』の表紙をたびたび手掛け、2007年に出版した『shortcomings』はニューヨーク・タイムズの注目すべき1冊に選ばれる。そして、2015年には漫画界のアカデミー賞と言われるアイズナー賞を受賞している。
輝かしいキャリアである。しかし、そうしたことは『長距離漫画家の孤独』では描かれない。本作で書かれているのは、トミネの自意識とそれを巡る失敗譚や屈辱の数々で、それがギャグとして描かれている。出版パーティーでの屈辱、サイン会にお客が来ない、盛り上がらないトークショー。正しく発音されない自分の名前。トミネは自身の自意識過剰や承認欲求、他者と自分を比較してしまう性格を笑いに変換している。
感動的な自伝が読みたかったという思いもある。自費出版の『Optic Nerve』第1号を執筆するトミネ、憧れだったコミック作家と親交深めていくトミネ、『ニューヨーカー』誌からお声がかかるトミネ。それらが描かれる自伝も読んでみたかった。失敗譚や屈辱で自伝を構成してしまうのが、エイドリアン・トミネの作家性なのだろう。
ページ構成も特徴的で、商業出版を果たしてからの1995年から2018年までが、基本的に1年に1エピソードで6ページ前後にまとめられている。コマの構成も1ページに正方形の6コマで統一をされており、単調とも言えるコマ組みがある種のグルーヴを生んでいる。
装丁も素晴らしく、モレスキンのノートをモチーフに、方眼5ミリのノートにそのまま描かれたという形の装丁になっている。そしてこの装丁が素晴らしいのは、それがただのギミックでなく、本作を読めば、この装丁が必然だったことが理解できる。最後の1コマを読み終えたあと、1ページ目から再読したくなる仕掛けになっているのだ。
本作はアイズナー賞最優秀自伝作品賞と最優秀装丁賞を受賞している。
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