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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.240『つげ義春 名作原画とフランス紀行』つげ義春、つげ正助、浅川満寛/新潮社

蔦屋書店・丑番のオススメ『つげ義春 名作原画とフランス紀行』つげ義春、つげ正助、浅川満寛/新潮社
 
 
本書は、2020年にフランスのアングレーム国際漫画祭に、漫画祭から招待されたつげ義春がフランスを訪れた旅行記だ。その他にフランス記者によるつげ義春インタビューと7作の原画が収録されている。漫画祭では、つげ義春の原画展も開催された。
 
アングレーム国際漫画祭は、毎年1月下旬に開催される世界最大規模の漫画フェスティバル。フランスで出版されたバンド・デシネが中心だが、2000年ごろから、日本の漫画も仏訳がすすむにつれて、紹介されることが増えてきた。2007年に水木しげるが最優秀作品賞、2015年に大友克洋が、2019年に高橋留美子がグランプリを受賞している。
 
つげ義春作品はこれまでほとんど、海外に紹介されることはなかった。それは本人が海外での翻訳・出版に消極的だったからだ。10年に渡る海外の版元の説得の末、2019年からフランス語で、そして2020年からは英語での全7巻の全集刊行が始まっている。アングレーム国際漫画祭での原画展の開催はフランス語の全集出版にも合わせたものだ。
 
つげ義春は、自身が大賞を受賞した2017年の日本漫画家協会の授賞式にも、当日に雲隠れしたほど、人嫌いと出不精で有名だ。そんなつげ義春が本当にフランスに行くのか、そして、フランスでどんな行動をとるのかが、つげの信頼する編集者の浅川満寛の視点で綴られている。
 
ひなびた貧乏旅行記の印象が強いつげ義春とフランスの組み合わせには、違和感もあるが、この旅行記に横溢するユーモアは、どこか、つげ義春自身の旅をテーマとした作品を彷彿とさせる。とにかく、動いているつげ義春が見れるのが嬉しい。同時代につげ義春が生きていて、同じ空気を吸っている。そのことに感動する。
 
つげ義春は、手塚治虫とは別の軸で後進に多大なる影響を与えたマンガ家だ。もし、つげ義春がいなかったら、マンガの表現はいまほど多様なものになっていなかったかももしれない。『沼』や『チーコ』といった死と性が濃厚に漂う作品。マンガ表現を拡張させた『ねじ式』、『ゲンセンカン主人』。旅をテーマとしたユーモアあふれる『長八の宿』、『ほんやら洞のべんさん』。私マンガ『義男の青春』、『無能の人』。夢をそのままマンガにした『夜を掴む』といった偉大な作品群。87年を最後に、作品を30年以上発表していない、孤高のマンガ家。
 
そんな仰ぎ見るような歴史に刻まれるマンガ家が、フランスの漫画祭に参加していて、そのことが記録されているのが、ただただ嬉しい。
 
本書には、息子の正助さんのインタビューも掲載されている。原画の管理や海外翻訳の交渉、漫画祭の原画展の開催にあたっても、正助さんが事前準備をされたそうだ。つげファンには『無能の人』でもおなじみの正助さんの有能なマネージャーとしての一面が垣間見えるのが嬉しい。一方で、つげ義春という作家の息子であることのつらさも語られている。
 
2019年から講談社から出版されていた全22巻の『つげ義春大全』も完結した。つげ義春を需要するための最良の環境が整っている。また、フランス語版、英語版の全集の刊行も進んでいる。世界がつげ義春を発見しつつある。
 
 
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