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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.238『本とはたらく』矢萩多聞 /河出書房新社

蔦屋書店・江藤のオススメ『本とはたらく』矢萩多聞 /河出書房新社
 
 
私のような本マニアにとっては、本とは読むためだけのものではありません。
その存在感、物質感、佇まい、その全てが味わうべき対象となります。
さわり心地、重さ、開き具合、匂い、厚さ、表紙、背などなどありとあらゆる要素が本を形つくるのです。
 
究極的には「ただ文字が書いてある紙の束=本」なのですがそうじゃない、違うのです。
 
その意味において、紙の本と電子書籍には超えられない絶対的な壁があります。
 

著者の矢萩多聞さんは数々の本をデザインしてきた装丁家です。
ですが、装丁のための知識は全て独学で、昔から本のデザイナーになりたいとか、本が大好きだから、装丁家になりました、という人ではないのです。
その時その時にやっていたこと、やらざるを得なかったこと、やりたくないからやらなかったこと、それらの要素が流れ流れて彼を装丁家にしました。
 
ここで装丁家という人が何をやっているのか、ちょっと説明させてもらいます。
装丁家というのはまさに本を作る人です。
中身を書くのは作家ですが、それを本という形にするのは装丁家の仕事です。
本のカバーや表紙、中身のレイアウト、文字をどう配置するのか、挿絵をどこに入れるのか、写真はどこに置くのか、印刷のインクはどうする、文字のフォントはどうする、紙はどれを使うのか。
などなど、本の全てをデザインするのが装丁家です。
 
そんな多聞さんの装丁した本には独特な気配があり、魅力があります。
まずは今回紹介する『本とはたらく』この本を手にとって見て欲しいのです。
 
帯も嫌いではないのですが、帯を取った本体を眺めてみましょう。
とても美しいイラスト、そしてちょっと変わった色の乗り方ですよね。
角度を変えるとキラキラして見える。
色の使い方、紙質、これしか無い!という完璧な表紙カバーです。
では、カバーを取ってみましょう。
カバーと同じイラストではありますが、紙質と印刷の感じが違うので、また違った味わいがあります。触った感じもすごくいい、厚紙!って感じですが美しい。
一枚開くと、ザラザラで筋が入ったダンボールのような質感の茶色い紙が最初にきます。
なでてみるととてもさわり心地がいい紙です。
さて、ページを開いてみて、あれ?と思ったことはありませんでしたか?
そう、この本は180度パカッと開くように出来ているのです。
 
普通の本は180度開いてしまうと本が割れるといって、そこだけ割れてしまったように癖がついて、痛みます。ページが外れてしまうこともあります。だから、本好きは180度開くことをタブーとしていますよね。
 
しかし、この本はカバーをとった背の部分をみるとわかるのですが、コデックス装といって、背には糸綴の部分がそのまま見えています。そして無理なく180度開くことができて、きれいに戻りますし、ページが取れそうになることもありません。
テーブルの上にパカッと開いて置いてもページがめくれませんし、また閉じるときれいにもとに戻ります。
私は行儀が悪いと言われると思うのですが、常に本を読みたいという欲求があるので、食事をしながら本を読むという行為をついやってしまいます。
その時、テーブルに本を開いた状態で置けないので、片手で本を持ちながら、お茶碗の端とかでページを抑えながら読んだりしますので、非常に行儀が悪い。
しかし、この本はペタっとテーブルに置いたままで安定しますので片手を使うこともなくお行儀よく(?)本を読みながら食事をすることができるのです。
もう、全ての本がこの仕様になって欲しいと思うぐらいです。
すいません、話が脱線したかもしれませんが、この本はコデックス装という特別な作りになっています。
 
紙の色、文字の大きさ、各章のタイトル文字、ノンブル(ページ番号)のフォント、イラストの入れ方、どれもが素晴らしく、調和が取れています。
多聞さんの装丁の技術は本当に良い!
読みやすいし、所有する喜びもある。
最高の本です。
 
さらにさらにこの本は著者も多聞さんなのです。
 
本の作りばかりを褒めましたが、中身も素晴らしいです。
何が書いてあるかというと、多聞さんの自伝のようなものです。
学校に馴染めず、中学生の途中から登校拒否をして学校に行かなくなり、絵を描いたり、詩を作ったり、何もしなかったり、しながら毎日を過ごします。
そして、小学生の頃に行ったインドで暮らしたくなり、家族を説得してインドに5年間住むことになります。
そのインドでも、絵を描いたり、町の地図を作ってみたり、昼寝をしたり、料理をしたり、何もしなかったり、しながら過ごすのです。
日本に帰ってから、知り合いの出版社の人が、多聞さんのそんな生活を面白がって、本を書くように進めます。
さらに、せっかく本を書いたのだから、全部作ってみれば、ということで、装丁もすることになります。
 
そうして多聞さんは装丁家になりました。
いってみればたまたまそうなったのですが、その後、作った本が評判になったり、いろいろな人から装丁を頼まれたり、またそれが評判を呼んだりしながら、装丁家が本職になるのです。
 
この本を読んでいると、不思議な気持ちになりました。
読んでいると癒やされるのです。
誰もが多聞さんと同じことは出来ないかもしれませんが、その生き方に軸というものがあるとしたら、それはまっすぐ天に向かって伸びているような気がして、その生き方は参考にすることはできると思います。
学校に行かなくたって、やりたいことをやって、生きたいように生きて、面白いと思うことをやり続けて。そうするとなぜか人が助けてくれます。なんとなく面白い方に人生が進んでいくし、本を読んでいる限りでは、人生を楽しんでいるように見えます。
 
その多聞さんの人生を読んでなぞっていくことがなぜか癒やしになるのです。
自分が生きているということを肯定的に感じられるはずですし、きっと励まされると思います。
 
未来のことなんて誰にもわからないのだから
人生において失敗なんて無いのかもしれません。
同じように大成功なんてものも無いんじゃないですかね。
 
今、目の前にあることだけを感じて生きる。
 
大切なのは、それだけなのかもしれません。
 

 
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