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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.243『ギリヤーク尼ヶ崎という生き方 91歳の大道芸人』後藤 豪/草思社

蔦屋書店・犬丸のオススメ『ギリヤーク尼ヶ崎という生き方 91歳の大道芸人』後藤 豪 /草思社
 
 
街頭で踊り投げ銭をもらう、大道芸人という生き方。それをギリヤーク尼ケ崎さんは50年以上も続けている。
 
彼の10~20年前のパフォーマンスをYouTubeで観ると、その芸風は舞踊家というほうがあっているのではないかとも思う。「白鳥の湖」や「夢」と題された踊りの足の進め方ひとつをとっても、その型はとても美しい。もともと幼いころから踊りの基礎を長年習われていたのではないかと。だが踊りを習ったのは、邦正美舞踊研究所に1952年から所属した、わずか3年間しかない。その後、全日本芸術舞踊協会(現・社会法人現代舞踏協会)の会員になり1975年に38歳で舞踊家デビューを果たすまでの期間には、孤独で我流ではあるが相当の練習があったようだ。ギリヤークさんもその頃の練習で自身の基礎が全部できたと語っている。
 
ギリヤークさんの代表的な踊りとして「念仏じょんがら」がある。これは24歳で亡くなった妹の世津さんの供養のために後年作られた。
「念仏じょんがら」と演目を叫び、テープレコーダーのスイッチを押すギリヤークさん。津軽三味線の早く激しい曲にあわせ、首から下がる長い数珠を激しく振り地面を打つ。地面をもだえるように転がり、「南無阿弥陀仏」と絶叫する。かと思うと、場から駆け出す。観客も目が離せない。バケツの水を頭からかぶり、地面を転がる。これはなんだろうか。観客と一体になって作り上げられる場の空気。踊りの最中に手を取られた観客は、必死でギリヤークさんの手を握り返す。
その激しさから一見、でたらめに踊っているようにも感じるかもしれないが、「念仏じょんがら」を繰り返し見ると、ひとつひとつの動きに計算された意図を感じる。
大切な人を亡くした、悲痛さや悔しさがごちゃ混ぜになって爆発したような荒々しい踊りだ。
 
ギリヤークさんの踊りは、1995年の阪神・淡路大震災以降「祈りの踊り」となる。震災の一カ月後に神戸市長田区で踊ったことが転機となったようだ。
「あんた方、悔しいだろう。私が踊ることによって慰めることはできないだろうけど、見ていてください」と亡くなった人と対話しながら踊ったとある。この時、65歳。
 
現在すでに、90歳を超えている。
年齢を重ねれば誰でも若いころのようには身体を動かせない。さらに、ギリヤークさんは、パーキンソン病や脊柱管狭窄症を患っている。長時間の歩行が難しく、身体の可動域も小さくなっている。それでも黒子としてギリヤークさんと一緒に出る写真家の紀あささんの力も借りながらではあるが、曲がかかると車椅子から立ち上がるギリヤークさんの踊りは、動きがシンプルになっているからこそ感情に訴えるものがある。
 
街頭で踊りの場と空気を自ら作り、踊り、投げ銭をもらうという大道芸にこだわる、ギリヤークさんの生き方。本書では、著者の後藤毅さんの取材によって語られている。ギリヤークさんがどのような人生を歩んできたのかは、ぜひ本書を読んでいただきたいが、踊りからだけではうかがえない、ギリヤークさんの素顔を知れることが、とてもおもしろい。踊りに一途な人生だが、惚れっぽかったり、90歳を過ぎてもまだまだやりたいことがあるという。大道芸で生きることは自由な人生に思えるかもしれないが、もちろん苦労も多い。だが、語る口調はとてもチャーミング。そして、ギリヤークさんを支える人たちの存在。この先、ギリヤークさんの踊りはどうなっていくのだろうか。
 
踊りには、言語以前または言語を超えた何かがある。それは、わたしたちが言葉を持つ以前に使用していたコミュニケーションとしての身体の動きかもしれないし、言語を持ったからこそ言語では表現できないことを補う表現なのかもしれない。踊りの場には、伝える側の文脈と受け取る側の文脈が交差する。踊り手は一人でも受け取る人数分の意味を持つ違う踊りが現れるのだ。ギリヤークさんが一生をかけて踊りつくすなにかを、最後の一踊りまで受け取り続けていきたいと、思えるのだ。それはある意味、とても感情的なことなのかもしれない。
この一冊を読むことが、ギリヤーク尼ケ崎という生き方を支えることにつながるのではないだろうか。
 
 
 
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