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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.359『エステルの手紙教室』セシル・ビヴォ 田中裕子 訳/講談社

蔦屋書店・神崎のオススメ『エステルの手紙教室』セシル・ビヴォ 田中裕子 訳/講談社
 
 
最後にきちんと手紙を書いたのは、もうどれくらい前になるだろう。声だかにコスパやタイパを唱える時代の圧力はいつの間にか紙とペンを遠ざけた。
夏の初め、この本と出合った。書店の店先でパラパラとページをめくりながら、知らない者同士の手紙のやり取り、文通で構成されていることに興味を引かれた。そう言えば私が小学生の頃には、雑誌の後ろの方に「ペンパル募集」という文通相手を探すコーナーがあったな、と思い出しながら。

 
北フランスで書店を営むエステルが「手紙の書き方講座」を始めようと思ったのは父親と長年続けていた文通がきっかけだった。すぐ近くに住んでいるのにお互いの近況を手紙で伝え合う。エステルにとって手紙は気持ちを伝える最も身近で大切なものだった。
「手紙の書き方講座」参加者募集の広告で集まったのは五人。町の開発に憤慨する一人暮らしの老婦人ジャンヌ。兄を病気で亡くし、ギクシャクする両親との関係や進路に悩む高校生サミュエル。世界を飛び回るビジネスマンだが、やりがいを見出せなくなってきたジャン。重度の産後うつに苦しむジュリエットと、その妻にどう対応していいかわからず悩む夫のニコラ。
参加者五人とエステルを含めた六人はそれぞれの文通相手に自分について語り、相手を知っていく。文通を続けるうちにお互いに悩みや思いを打ち明けるようになり、手紙という媒体を超えて関係を築いていく。三カ月の講座が終わる頃には皆、少しずつ前へ進んでいる。
手紙は、メールやLINEのように瞬間ではなく、長い時間軸の中で紡がれる。書いて投函し、相手に届く。相手も書いて投函し、自分へ返事が戻ってくるまでの「待つ」という時間、スピードを必要としない関係が、読んでいて懐かしく、素敵に感じた。この小説がフランスで「癒しの小説賞」を受賞したのも分かる気がする。

 
久しぶりに手紙を書いてみようか。いつの間にか音信不通になった友人に。どんな返事が返ってくるだろうか。ゆっくりと待ってみよう。
 
 
 

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