広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.160

蔦屋書店・竺原のオススメ 『料理と利他』 土井善晴/中島岳志/ミシマ社
 
 
表紙に書かれた大きな「料理」の文字。
そして料理研究家として有名な「土井善晴」さんのお名前。
そこだけを見ると思わずレシピ本を連想してしまうけれど、大きさはいわゆる四六判で、そうした類のものではなさそうだ。
よく見てみると「利他」という言葉も付いているし、下の方には政治学者である中島岳志さんのお名前も記されている。
一方で、白地に筆で描かれた様な藍色の可愛らしい丸文字のタイトルは、中央にある鍋料理(?)の絵から上った湯気が形を成した、といった趣が感じられ(それこそ鍋と言えば炬燵、炬燵と言えば家族団欒、といったイメージがあるが)、ほっこりとした雰囲気も感じられた。
こうした、一見して得られるいくつかの情報が生み出すギャップが好奇心をそそり手を伸ばすに至ったのが本作である。
 
・・・読み終えてみてぼんやりと浮かび上がって来たのが「寛」という漢字一文字。
それ程に、言うなれば「懐の大きな一冊」であった。
 
例えば、コロナ渦でいわゆる「家食」の機会が増加した事に伴い、料理の作り手となる人はその分日々の献立に頭を悩ます事となり、それが心理的な疲弊を生んでしまっている事や、あるいは「キャラ弁」やSNSで散見される豪華な料理といったものが、自分の作る料理への圧力になってしまう事などに対して、土井さんが料理番組で良く口にされる「いい加減でええんですよ」「だいたいでええんですよ」といった言葉や「一汁三菜」ならぬ「一汁一菜」の料理論が一つの救いになっているという事実がある。
はたまた土井さんには料理をする事を「自然に触れる事」と捉える価値観や家庭料理と民藝の間に同じ世界を見出す感性がある。
 
料理という一つのテーマから予想もしなかった様々なトピックに派生する内容が新鮮で興味を掻き立てつつ、最初はどういう事かと思いながらも読み進めるうちに合点が行く心地良さは爽快。
またその声が頭の中で再生される様な、あたたかで歯切れの良い語り口調はからは、読者を包み込んでくれる様な包容力を感じずにはいられなかった。
 
料理の味わい方には三段階あると誰かが言っていた覚えがある。
食べる前の「美味しそう」。
食べている最中の「美味しい」。
食べ終わってからの「美味しかった」。
この事を意識して本作を見付けた時に自分が抱いた印象から読後に抱いた感想までの経緯を改めて振り返ってみると、この本はまさに料理を味わう様に楽しめる一冊であるな、としみじみ思う。
 
 
 
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