広島 蔦屋書店が選ぶ本 Vol.12

【蔦屋書店・橋本のオススメ 『ペリリュー  楽園のゲルニカ』

第2次世界大戦。1945年に終戦したこの戦いは日本人として、忘れてはいけない記憶なのでしょう。戦争がどんなに凄惨な状況だったのかも知っていますし、もちろん戦争なんてしてはいけないと分かっています。しかし私は心のどこかで他人事のように、教科書や資料の出来事で勉強のための知識としてしか捉えられていませんでした。そんな私はもちろんと言っては失礼だとは思いますが、今回の作品の舞台「ペリリューの戦い」さらには「ペリリュー島」すら知りませんでした。

 

東洋一と呼ばれたパラオ諸島の飛行場を巡り、日本軍約1万人、アメリカ軍約4万人以上がペリリュー島という島で、島の形が変わるほどの戦闘を繰り広げました。これがペリリューの戦いです。日本軍はここの戦いでこれまでの劣勢になった際に行う玉砕を禁じ、島中に広大な洞窟を掘ることで、初めて徹底的な持久戦を展開しました。この作戦によってアメリカ軍は甚大な被害を受けることとなります。しかし、一方の日本軍の生き残りも34人しかおらず、2ヶ月半も続いた戦闘は太平洋戦争の中でも、あまりにも過酷であまりにも凄惨だったことから、多くは語られず「忘れられた戦場」とまで言われています。

 

さて、今回紹介させて頂く『ペリリュー-楽園のゲルニカ-』は、自身がマンガ家アシスタント時代に30代にして精巣腫瘍になったことをコミックエッセイとして描いた、『さよならタマちゃん』の作者、武田一義先生の最新作となっています。この『さよならタマちゃん』では、抗がん剤の辛い副作用の経験やそれによって激しく変わる感情、そして関わる人の温かさが丁寧に描かれています。さらには主人公の気分を味わっている感覚になるような巧みな描写。可愛いキャラクターだからこそ、リアルな表現も恐れず読むことができる作風。充実感のあるマンガとしての面白さ。1巻完結ながらこのマンガには実に多くのものが詰まっておりとても満足した気持ちになりました。この頃少し悩んでいた私はこの作品にトンと背中を押された気がして、読み終えた頃には私はすっかり武田先生のファンとなっていました。

そんな私はワクワクしながら武田先生の最新作を手に取ります。軍服の青年が表紙だったので、次は戦争ものなのか、程度の軽い気持ちで読み進めましたが、「買って良かった」「読まなければ良かった」、この相反するふたつを同時に味わい、なんとも複雑な感情を体験します。そこには丁寧にリアルを描き、物語に入り込むような感覚を生み出す武田先生の作風が関係しています。今作では主人公の「田丸」は戦場にいるにも関わらず、「人を殺さず、生き延びたい」と考えています。それは現代を生きる私たちと同じような感覚でしょう。それを巧みに活用し物語に織り交ぜていくことで、読んでいる者を次第にマンガの世界に引き込んでいくのです。そこで感じるのはまさに戦場にいるような感覚…。

 

そこで目の当たりにしたのは田丸のように気弱な者、帰れないと覚悟を決める者、熱い気持ちと冷静な判断で隊を率いる者など、ごく普通の私達と同じ人間の命が、一瞬の爆撃で消し飛ぶ。日米両方の兵士が容赦なく殺されていく。食料も水も無く、殺さなければ生き延びることができない極限状態で、人が人で無くなっていくような感覚。これが戦争なのだと痛感し、私は次第に恐怖という言葉では表現できないほどの感情に襲われていきました。

「読まなければ良かった」「目を背けたい」。戦争という現実に沈んでいる私はそれと同時に、「早く続きが読みたい」と思っている自分がいることに気付きました。

 

田丸は見つかったら死。水も食料も無い、刻々と戦況が変わり1つの判断が生死を分ける戦場で、本当に人を殺さずに生き延びることはできるのか。主人公に感情移入し、その場にいるような感覚だからこそ、次の展開や行動、登場人物全員の一挙手一投足が気になる。判断した行動の重みや覚悟を感じることができる。このマンガはそういった読み物としての面白さを兼ね備えているのです。またキャラクターが可愛いからこそ、一般的には「エグイ」と言われるシーンでも、それほどの負担が無く読めてしまう。戦争マンガは人が死んでいく描写に耐えられなくて読み進められない。そんなこともあるかもしれません。しかし、武田先生のキャラクターはそれを感じさせないのです。作中ではむしろさらに凄惨なことも描写されていることさえあるほどなのに。可愛いキャラクターで「戦争」を一切の違和感無く、リアルに描ききる。ここに武田先生の凄さ、この作品の素晴らしさがあります。

 

リアルで凄惨な戦争の怖さを感じ「読まなければ良かった」と感じる。可愛いキャラクター、リアルな描写、武田先生の持つ様々な技によって読み進められ、気が付くと最新巻まで読み終えている。それは素晴らしい作品の証拠であり、そんなマンガに出会えて「買ってよかった」と感じる。これが私の感じた複雑な感情の正体なのです。

 

この作品を読まなかったら今もずっと、どこか他人事な気分で戦争を捉えて、日々を過ごしていたことでしょう。これは大げさかも知れません。でも私にとってはそれほど大きなものがこのマンガにありました。あなたにとっても、きっと小さくない影響を与えるかもしれません。少しでもあなたの中の何かが変わるキッカケになればと思って、この作品をオススメします。

 

この作品は現在でも連載中です。田丸の行く末を一緒に見届けては見ませんか?2号館1Fコミック売場で展開しています。1巻は試し読みもございますので気になった方は是非コミック売場でお待ちしております。

 

 

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