広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.64

【蔦屋書店・江藤のオススメ 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』大島真寿美 / 文藝春秋

 

 

問8 この物語を通して作者が伝えたかった事を20文字以内で書きなさい。

 

昔、よくテストでこんな問題が出題されていて、もちろん当時子供だった自分は一生懸命考えて、なんとかそれらしい答えをひねり出していたように思うのです。

 

しかし、今になって考えると、伝えたいことが20文字以内で書けるのならば、こんなに言葉を尽くして、表現を選んで、架空の人物を作りだして、想像力を費やして、ながいながい物語を書く意味はなんなんだと。

作者が命を削るようにして物語を生み出したのは、20文字ではとうてい伝えられない事を伝えようとしているからじゃないかと、今ならそう思うのです。

 

偉大な学者であり作家である、ウンベルト・エーコという人物がいます。

彼は、記号学の世界的な大家でもあります。全ての物語や音楽や絵画を記号として読み解くということを実践してきた人です。そのエーコは、48歳にして突如、小説家としてデビューします。それが後に世界的なベストセラーとなる『薔薇の名前』です。

 

彼は、なぜ小説を書いたかについて、こう語っています。

「理論化できないことは物語らなければならない」と。

 

小説という虚構の世界でなければ語り得ないことがこの世の中にはあるのです。

 

そして、この「物語る」ということを主軸に添えた小説を産みだしている作家に、大島真寿美さんがいます。

 

大島真寿美さんは、多数の作品をこれまでに書かれているのですが、その中には、少女のひと夏の成長記のようなものや、アラフォー世代の恋愛小説などもあります。

そんな作品群の中で、通奏低音のようにあるテーマが見え隠れしているように、私には感じられました。それは、ほとんど表に表れない時もあれば、その作品の根幹に表されているような時もあります。いくつかの作品では、それをメインにして書かれていたりします。

 

それが「人はなぜ物語るのか」です。

 

大島さんの作品群の中でも、その要素は強く出たり、隠されたりしているのですが、例えば『ピエタ』『それでも彼女は歩きつづける』『あなたの本当の人生は』『ツタよ、ツタ』などの作品では、特にはっきりと示されています。

 

そして、最新作の『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』です。

 

ここ最近の作品群は、とくにテーマ性が強かったと思うのですが、この作品では完全に芯を食ったと感じました。圧倒的とも言えます。

 

人形浄瑠璃作家の半二の生涯を書きながら、物語を書くということはどういうことなのかをその闇も含め赤裸々に書いていきます。

 

浄瑠璃を書く半二は、周りの様々な人間を巻き込みながら、創作を続けます。

その中で、浄瑠璃にとりつかれて落ちていくもの、成り上がっていくもの、創作の闇に飲み込まれていくものも出てきます。

脱落していく者を横目で見ながら、それでも半二は浄瑠璃を書くことしかできない。

 

書くことが生きていくこと。

書き続けることで死ぬかもしれない、けれども書き続けなければ生きていけない。

 

物語はどこから降りてくるのか、なぜ人は物語を綴るのか、物語る者がとらわれる闇とはなにか、物語を産む喜びとは。

それらの答えはこの物語を読むことで見えてくるはずです。

 

かつて、ウンベルト・エーコが示した課題

「理論化できないことは物語らなくてはならない」に

現在、誠実に向き合って、取り組んでいる作家のひとりが

大島真寿美であることは間違いないと思います。

 

 

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