広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.54

【蔦屋書店・丑番のオススメ 『エーガ界に捧ぐ 完全版』中原昌也・boid】

 

 

週刊連載マンガは日本特有のカルチャーだといわれる。しっかりと構成を決めて書いていくことは少なく、読者アンケートにストーリーを左右されることも多いという。そのため、読者の感情を動かすことが優先され、全体的な作品としての完成度は低くなる傾向があるといわれる。しかし、完成度と面白さは別であると強く主張したい。わたしも、あるマンガを年少の友人に勧めたところ、すまし顔で「構成が破綻してますよ」とロジカルにそのマンガの破綻ぶりを伝えられた。構成が破綻していても、いや、破綻しているところも含めて、そのマンガの熱が好きなのだ。完成度と面白さは違うのだ。

 

前置きはそれくらいにして、今回紹介する本の話に移りたい。週刊SPAにて8年間に渡って連載されていた映画評をまとめた『エーガ界に捧ぐ』だ。著者はノイズミュージシャンとしてスタートし、小説家としても、三島由紀夫賞、野間文芸新人賞を受賞している多才な中原昌也さん。本書の装画も著者の手による。

 

本書を読んで痛感するのは、週刊で映画評の連載をすることの大変さだ。その大変さとは第一に、評するに足りるような映画に毎週出会えるのかということ。そして第二に、そのときの自分の状況や体調などによって映画の受容の仕方が変わってくることだ。素晴らしい作品であっても、風邪っぴきの状態だと楽しめないだろう。

 

連載当初はしっかりと作品評を続けていた著者だが、だんだんと映画の内容には、ほとんどふれないケースや、自身の生活の困窮にふれることが多くなってくる。

 

たとえば、デビット・リンチの『マルホランド・ドライブ』を評した回。映画の内容がよくわからないので、プレス資料に映画の内容が書かれているに違いない、と試写会でもらったプレス資料を探す中原さん。でも見つからない。

 

 

「畜生、何で見つからないんだよ!」

何度も何度も同じ場所を探す。そして何度も何度も同じ独り言を呟いてみる。実際に口に出すだけでなく、心の中でも呟いてみた。しかし、まるで資料が出現する気配がない。やはりちゃんとした資料が閲覧できるように整理することが我が家の書斎には必要だ。

『映画プレス資料、整理の必要あり』

 一応ポストイットにそう書いておき、この作品の資料を探し出す、という作業を断念した。

 

 

素晴らしすぎる!映画評でこの無内容な原稿!でも書くことがなくて、字数を稼ぎたいという思いは伝わってくる!これは笑う!しかもデビット・リンチの『マルホランド・ドライブ』はBBCが選ぶ21世紀の偉大な映画ベスト100の1位に選ばれた作品だ。そのことも含めて笑ってしまう。

 

また、『Mr.ビーン カンヌで大迷惑』を評した回。「精神的につらい日々が相変わらず続くが、別段今に始まったことではない」という出だしで始まり、「とにかく今は家賃程度しか稼いでおらず、本当に生活がままならない。」と綴られる。Mr.ビーンについては、「内容が思い出せず、何を書いてよいのか、全く困ってしまっている。」さらに次のように書かれる。

 

 

我が家は、本当に寒い。

夏にエアコンのリモコンを地面に落として壊してしまい、本体のスイッチでは何故か「自動運転」しか選択できないため、すぐに温風が止まる。

この家で暖を取るには、毛布に包まるしかない(あとはタオルケットが一枚あるだけで、布団というような贅沢品はない)。だからすぐに眠くなる。何も考えることなどできなくなる。仕事は特にできない。

 

 

こんな回があるからこそ、本当に中原さんの琴線にふれる作品を評するときが際立つ。例えば、シルヴェスター・スタローンの大傑作『ランボー 最後の戦場』を評した回。「見ていて全身に激痛が走った。これは本当に、本物の傑作だ!」と始まり、「サム・ペキンパー『ワイルド・バンチ』勝新太郎『座頭市』のラストの興奮を久々に新作映画で味わうことができたのである。」と締められる。素晴らしい。読者を行動に駆り立てる批評だ。

 

『エーガ界に捧ぐ』は週刊連載でしか起こりえなかった奇跡にあふれた、べらぼうに面白い本だ。中原さんのテキトーさと私小説的文脈と、そして。映画への愛があふれた作品である。

 

 

 

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