広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.17

【蔦屋書店・江藤のオススメ さざなみのよる木皿泉/河出書房新社

 

自分の姿をテレビで見たことがありますか。

ある日インタビューを受けて、それに対していろいろとしゃべっている自分の姿をテレビで見ました。

そこに映っていたのは、自分で思っていたよりも高い声でやたらとへらへらした態度でしゃべっている知らないお兄ちゃんだった。おやおや待てよ。こんなと思って日々生きてなかったけどな。思ったより自分って…

 

木皿泉さんという作家をご存じでしょうか。

作家としてご存じなくても、「すいか」「野ブタ。をプロデュース」「セクシーボイスアンドロボ」「Q10」などのテレビドラマは見たことがあるかもしれません。これらの人気ドラマの脚本を書かれているのが、木皿泉さんです。

その木皿泉という名前は、旦那さんの和泉務さんと奥さんの鹿年季子さんが共同で活動されている夫婦脚本家としての筆名です。

木皿泉名義で初めて書かれた小説は『昨夜のカレー、明日のパン』という、これがまた素晴らしく素敵な本で、2014年の本屋大賞で2位に輝いています。

 

今回紹介する『さざなみのよる』は木皿泉さんが5年ぶりに出された待望の新作小説です。

 

主人公は小国ナスミ。43歳の女性です。中学生の時に相次いで両親を亡くした小国家の次女。長女と三女と大伯母との4人で暮らしてきました。20代半ばで家を出て上京、その後東京で結婚。しかし、あるとき癌が発覚し、二人で実家に帰ってきます。

 

ここから、癌を抱えてのドラマにあふれた日々が書かれるのだろうかと思って読んでみると、実にあっけなくナスミは死んでしまいます。病院のベッドの上で静かに「ぽちゃん」と。あ、この「ぽちゃん」ですが、本を読んでぜひこの意味を知ってください。なんだかすごく、かわいくて、いじらしくてそして悲しくて。私も思わずつぶやいてしまいました「ぽちゃん」って。

 

小説の始まりと同じくして、死を迎える主人公。

しかし、ここからこの小説は始まります。

ナスミが死んでしまう第1話の後の第2話から続く10数話では、ナスミの死によってぽちゃんと起きた小さな波紋がナスミの家族や知り合い、生前にほんのちょっとだけ関わった人達にまで広がっていきます。ナスミと過ごしたあの時をそれぞれが思い出していくのです。

 

主人公として登場したものの、あっという間に死んでしまったナスミがどんな人物であったかは読者である私たちは当然なにも知りません。

語られていく思い出からナスミという人物を想像するしかないのです。

ナスミがどんな人物なのか、それを私がここで語るのはよしましょう。

この本を読んだみなさんがそれぞれ思い浮かべるナスミ像はいったいどんなものなのでしょうね。きっと私が想像したものとあなたが想像したものは違うのだと思うのです。

そうです、それこそが私がこの小説を読んで深く考え込んでしまったことなのです。

 

登場人物達の、ナスミとの距離感や関係性によって、語られるナスミ像は変わっていきます。さらに、好きか嫌いか、または先入観によっても関わり方の入り口からして全く違います。まるでナスミは何人かいるみたいに。

そこでふと考える。本当のナスミってどれなんだろう。そもそも本当ってなんだ?本人が思っている本当の自分って、それこそ思いこみなのではないでしょうか。

 

自分が思っている自分とテレビで見た自分にはギャップがありました。テレビで見た自分はみんなが見ている自分だから、おそらくこちらがみんなが知っている自分で、自分が想像していた自分なんてものはただの妄想だったのでは!?

 

本を読んでいると時々こんなことがあります。その物語の本筋とは直接関係なく、勝手に目から鱗が落ちてしまうことが。

これこそが、いろんな本を読むということの醍醐味ですよね。思わぬところに宝物が転がっているんですよ。

本当の自分をわかってくれとか、自分探しとか、なんてばからしいんでしょう。すべては妄想です。無駄なんです。意味がないんですよ。

 

脱線しました。本筋に戻りましょう。

入り口や距離感が違ってもナスミの思い出はとても輝いているのです。ナスミのもつ圧倒的な陽の力とでもいうのでしょうか。みながとても素敵な影響を受けているのです。それはとても愉快で美しい。

たくさんのエピソードの中で、とても素敵な出来事や物がいろいろと出てきますが、みなさんがこの本を読みたくなるように、ひとつ気になるアイテムをここにそっと書いておきますね。・・・「涙のバッグ」・・・

 

この物語のメインテーマは間違いなく命です。そして、ひとりの人間の死を扱っています。ここで、悲しくて泣ける物語を作ることはおそらく簡単なはずです。

しかし、この物語はさわやかで読後感がものすごくいい。もう一度はじめから読み返したくなる。

 

私はこの本を読んで死に対する過剰な拒否感がほんの少し薄れたように感じました。

おそらく二度と会うことのない人とのお別れと、死んでしまったことによるお別れに、どんな違いがあるっていうんでしょう。その人との思い出が相手の中に生きている限り、その人は生きているのと同じじゃないかと思います。

 

死にゆく人へ、(もちろん私自身もいつかは…)そんな大したことじゃないんじゃない?

ってそっと言ってあげたい。

 

ぽちゃんって波紋が柔らかなさざなみになってあなたの心をくすぐってくれますように。

 

 

 

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