広島 蔦屋書店が選ぶ本 Vol.15

【蔦屋書店・丑番のオススメ 『手話を生きる』斉藤道雄 / みすず書房

 

この本は、明晴学園の理事長・斉藤道雄さんによって書かれました。明晴学園は、耳の聞こえない子、聞こえにくい子を、日本ではじめて、手話で教育しようと、2008年に開設された私立ろう学校です。従来のろう学校が聴覚口話法という、音声中心の教育を行っていたのに対し、日本語とともに手話を重視する「バイリンガルろう教育」とよばれる教育方法を基盤としています。

本書では、聴覚障害者の中で手話を使う人を「ろう」と定義しています。

 

この本は、教育という実践の場から描かれています。それがこの本をとても生き生きとした魅力的なものにしています。さらに、言語学や心理学、各国のろう教育の歴史などを紐解いていくことによって、手話とは何か?教育とは何か?言語とは何か?多数派と少数派とは?さらには、社会のありかたまでも含めて考えさせられる。とても読み応えのある本です。自分の思い込みや先入観がつぎつぎと、覆されていく、幸福で、刺激的な読書体験を味わうことができました。

 

冒頭のエピソードから、先入観が覆されます。

「聴」と「ろう」のちがいについて調べる明晴学園の授業の中で、子どもたちが、聴者が病気などで、ろう者になってしまうことを知り、もしかして自分もろうから聴になるのでは、心配するエピソードから始まります。子どもたちはろうのままがいいのだと。ろうでいいではなく、ろうがいいのだと。ここでは、聞こえないことは、決して悪いこと、乗り越えるべきことでなく、子どもたちは、ろうの自分を肯定しています。そのままの自分で、学び、あそび、よろこび、悲しみ、育つことができるのだと。手話を使うことで。

 

「手話はすでに完成された言語であり、あらゆる抽象的表現を可能にする言語である。」

現代言語学では常識であるようです。しかし、わたしは恥ずかしながら、そのことを知りませんでした。本書のサブタイトル、『少数言語が多数派日本語に出会うところで』の『少数言語』とは、まさに手話(日本手話)のことです。

ただ、教育の現場においても、手話は未完成な言語として扱われ、教育においては、ふさわしくないものと認識されてきた歴史が長いと、書かれています。そして、それは今でも続いているとも。

それではどんな教育がされてきたのか。手話を使うことを否定する聴覚口話法が主流だったといいます。聞こえない子に読唇や発声の技術を教える訓練法です。そうした手段は、一定の効果はあげるものの、実用的な口話をマスターできない多くの子どもたちを生み出しました。それは、ろうの子どもたちから自己肯定感を奪い、さらに本来は習得できていたはずの手話という言語をも奪い去るものでした。言語を奪い去られてしまった子どもはどうなるのか?十分な思考力を獲得することができず、多くは9歳以上の学力を身につけることができないといいます。それでも、聴覚口話法は1世紀以上主流となった教育法でした。著者の斉藤さんはそれを聴者側のろう者への聞こえるようになったほうがよい、しゃべれるようになったほうがよいという、誤った優しさによるものだと指摘しています。歩けない人に歩けるようになったほうがよいとは決して言わないにも関わらず。

 

さきほど、本書を読むことは、わたしにとって、刺激的な読書体験だったと書きました。しかし、この本は、単なる読書体験にとどまらず、世の中を変える力を持つ本だと思います。わたしたち多数派のありようや意識を変える力がある本です。知ることから、始まると言います。この本はわたしに単なる知識を与えてくれただけでなく、もっと深いところでわたしをゆさぶってくれました。

 

この本を読み終わって、しばらくしたあと、映画館で『きらめく拍手の音』という韓国映画を観ました。その映画は、ろうの夫婦から生まれた聴者の映画監督が両親を、自分の家族を描いたドキュメンタリー映画です。とてもチャーミングで、いとおしい映画でしたが、映画を観る環境としても得がたい体験をしました。劇場に入ると、ロビーでは手話の「にぎやかな会話」があふれていました。この映画館の中では、わたし自身が少数言語者でした。そして、映画が終わって、劇場に灯りがついたあと。拍手が起こりました。手をたかくあげて、ひらき、その手をおもて、うらに、ひらひらとさせる。手話の拍手です。「拍手の音」が劇場の中にきらめいていました。それは、とても美しい光景でした。

 

 

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