広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.28

【蔦屋書店・江藤のオススメ 『原爆 ー広島を復興させた人びとー』石井光太/集英社】
 
 
非常に優れたノンフィクション作品を数多く執筆されている、あの石井光太が原爆の本を出す。という話を集英社の方から聞いて、それはぜひ読まなくては!という強い興味を持つと同時に、なぜ石井光太が今、原爆を書くのかという疑問もありました。

 

正直に言うと「ヒロシマ」「原爆」というものについては、すでにありとあらゆる先行作品があり、あらかた書きつくされているのではという印象を持っていたのです。

 

しかし、驚きと興奮を持ってこの本を読み終えたときには、そのような疑問は吹き飛んでしまいました。この本を書いた意味やこの本のもつ意義を感じ、さらには石井光太のノンフィクション作家としての覚悟や情熱を見せつけられて、ただただこの本をなんとしても多くの人に伝えなくてはという使命感にかられてしまったのです。

 

読み終えた私からみなさまに、この本をおすすめするにあたって最もシンプルに言ってしまうと「この本はとにかくめちゃくちゃおもしろい」。

 

私は生まれも育ちも広島で、幼い頃から原爆についての話を聞いていて、8月6日には当たり前のように登校して平和学習を受けて、大人になった今でも8月6日午前8時15分には黙祷を捧げる根っからの広島県民です。原爆の悲惨さやむごさは心に刻まれていますし、絶対に繰り返してはならないという強い思いも持っています。

 

そんな私としてもぜひともみなさまにこの本を読んでもらいたいと強く思うのです。その理由のひとつは、主要登場人物4名のドラマにとにかく引き込まれる。ものすごく興味深い。知らなかったことを知ることの興奮。ノンフィクションとしてのレベルの高さ。シンプルに言うと、「とにかくめちゃくちゃおもしろいのです」。

 

主要登場人物4名を紹介します。

広島の復興に命をかけ原爆市長と呼ばれた、浜井信三。

原爆投下直後の広島で資料としての「がれき」を集め続けた、原爆資料館の初代館長、長岡省吾。

広島の平和の拠点の建設を目指し奮闘する若き建築家、丹下健三。

損傷が激しく取り壊すべきだという声が多かった原爆ドームの保存にも貢献した市職員、高橋昭博。

 

この4名のドラマを同時に走らせて、原爆投下直後からの広島が書かれます。

 

75年は草木も生えないだろうと言われた広島が、どのようにして復興していったのか。復興させるために、文字通り命をかけて力を尽くした人びとの物語がここで語られているのです。

 

全編通して読みどころだらけなのですが。特に興味深いのは、初代原爆資料館館長である長岡省吾について書かれているところです。

 

彼の経歴には、空白の期間があります。それはただ公表していないだけではなく、公表できないある事情のために、あえて隠されていたとも言えるのです。

 

彼のことを書いた本やドキュメンタリー番組は他にもあるのですが、そこに踏み込んで書かれたのはこの本だけのようです。というのも石井光太が調べた結果、初めてわかった新事実がその大部分を占めているからです。

 

そのいくつかの事実は、そこだけ捉えるとかなり衝撃的でセンセーショナルな内容であったりするのですが、石井光太は長岡省吾という人物を真摯に丁寧に書いていくことで、その新事実をことさらに強調し煽るのでもなく、きちんと人物を書ききっています。

私は石井光太の作家としてのそのような態度にも深く感動しました。

 

物語として非常に面白いのは、若き日の丹下健三を書いたパートです。

丹下健三といえば今や世界的な建築家で、東京都庁を作った人としても有名ですが、平和公園の設計をしたというのは建築好きな人は知っているというレベルかもしれません。私もそのことは知っていたのですが、なぜ丹下健三が広島なんだろうというのは知りませんでした。

 

この本の中で、丹下健三が青春時代を過ごしたのが広島だった、ということを知りましたし、原爆投下直後の焼け野原の広島を復興させるのに、戦災復興院というところから依頼を受けて広島入りした建築家の一人として丹下健三がいて、そこで独自の都市計画を作成したがほとんど採用されなかったということ。

その一年後には「広島平和祈念カトリック聖堂」の設計コンペに参加して、もっとも高い評価を得たにもかかわらず、採用されなかったということ。

それらのリベンジとして執念をもって参加した「広島ピースセンターコンペ」で一等に選ばれたということ。

そのようなことがあったというのも今回初めて知りました、

 

これらの事実だけでも興味深いのですが、コンペで一等に選ばれたものの、その後、焼け野原とバラックだらけの場所に広島ピースセンターを建設するための道のりは遥かに遠く、資金難に苦しめられたりと、ここからのドラマがまた読ませます。イサム・ノグチが原爆慰霊碑を設計したのですが、その制作は実現しなかった。という話など読みどころが満載です。

 

広島復興を政治的な面から進めていったのは、原爆市長と呼ばれた浜井信三ですが。復興予算を得るための活動や、原爆スラムと呼ばれる土地の整理、なかなか思うようには進まない復興のさなかにおこなわれる市長選挙など、困難だらけです。

もともと市長という職に就きたいという気持ちもない市の職員だった浜井は、市長になる以前に助役に抜擢されたときも、「己の手におえない地位に就くべきではない」として断るつもりだったということです。その浜井に市の重鎮である藤田が言った言葉「よけいなことをいわずに、君は広島市のために死ね」

浜井の心に突き刺さったこの言葉が、読んでいる私の心にも突き刺さりました。

 

この本の中でも特にリアルに詳細に書かれる、痛ましく悲惨な場面があります。

それは原爆投下時の広島の様子です。

 

主要登場人物の4人目、高橋昭博の被爆体験は、読んでいる私達をその場に連れて行くかのように臨場感を持って詳細に書かれます。奇跡的に生き残ることができた彼はその後、原爆ドームの保存や、核廃絶のために力を尽くし、資料館の館長となった後は、若い世代に原爆の悲劇を継いでいくという活動に取り組み続けました。

 

さらに原爆投下直後の広島の記憶を持ち、後世に伝えるものとして、資料館に収蔵されている資料があります。それらの多くは遺族の方から寄贈された遺品であったりするのです。

その遺品についてのそれぞれのエピソードも本の中で書かれています。原爆の悲劇を私達が継いでいくという意味でも読んでおきたい事実です。

 

『原爆』という非常に強いタイトルのこの本なので、読むことに躊躇してしまうかもしれません。もしかしたらこの本をあえて避けてしまう方もいらっしゃると思います。

 

しかし、私はこの本をなんとしても多くの人に読んでもらいたいと思っています。

難しいことは考えなくても、この本は、最初に言ったようにめちゃくちゃおもしろいのです。本当に高いレベルで完成されたノンフィクションなので、読むことによる知的興奮もありますし、一生にそう何度もないような得難い読書体験を得られる本です。

 

手にとっていただきたいという思いから、紹介が長くなりすぎてしまいました。

本当は、読んでみようかなと思っている方には直接おすすめしたいですし、読んだあなたとは直接お会いして感想について語り合いたいのです。

 

しかし、すべての方と直接お話するなんてことが無理なことは承知しております。

 

であれば、このような場を使って全力で紹介して。

少しでも多くの方に私が投げるボールを受け取っていただけるように願うばかりです。

 

多くの方がこの本を手にとってくださいますように。

 

 

 
 

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