広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.26

【蔦屋書店・丑番のオススメ 『どもる体』伊藤亜紗 医学書院】

 

「たまご」と言おうとして、「たたたたたまご」になってしまう。もしくは、最初の「た」の音が出てこない。いわゆる吃音です。話したい内容を身体でうまく表現できない。本書では、吃音を抱えている人を「言葉が体から出てくるメカニズムについて常に意識的な人ならざるを得ない人」と捉えています。本書は吃音を治す/治さないという視点で考えているのではなく、吃音というものを通して、人間の体とは何か?を考えていく本なのです。

 

たとえば、わたしたちが普段何気なく行っている行動。それはしゃべるもそうですし、歩くという行動についても、動作のすべてを意識して行っているわけではありません。歩く際の足の歩幅、重心の取り方、手の振り方、歩くという動作の中に無意識的な、自動化された動きが含まれているのです。それは話すにしても同様です。吃音とは、その無意識的な自動化されたメカニズムについて、意識せざるを得ない人なのです。

 

吃音には二種類あります。「たたたたたまご」になってしまう連発と最初の「た」が出てこず沈黙してしまう難発です。連発は自動化された動きに生じたエラーです。エラーが生じたことで、自動化された、本来は気づかない動きが顕在化したともいえます。映画『The Way We Talk』は監督自身の吃音をテーマとしたドキュメンタリー映画で監督がナレーションをつとめています。映画の予告編をみていただきたいのですが、t音の長時間のどもりから始まります。

 

https://www.youtube.com/watch?v=fnws0X4hsuA

 

このどもりを意識的に行うのはとても難しく、自動化された動きのエラーでなければ難しいのです。体のコントロールがはずれ、「私の体が私のものでありながら私のものでなくなる」のです。

 

難発は最初の言葉が出てこない吃音です。これはしゃべるという行為の身体性よりも社会的な側面が影響しているといいます。自分のしゃべり方を意識することで難発は発生するといいます。連発を指摘され、それを回避するために難発になると。そう、難発は、症状でありながら、連発を回避するための対処法でもあるのです。

 

本書に興味深い議論は多々あるのですが、その中でも「言い換え」の話を紹介します。吃音当事者にはそれぞれ、どもりやすい単語があるそうです。たとえば「おととい」が発音しづらいので、「二日前」と言うようなケースです。そして、それを負担に思う人とそうでない人がいます。負担に思うとは、本来自分が使うのでない言葉を使わせられているという感覚。身体に思考がのっとられているという感覚。一方で、言い換えが自動化、無意識的な行為となり、もともと吃音だったことも忘れている人もいるだろうことも示唆されています。症状としては、それは「治った」というのでしょう。本書では言い換えが負担となり、あえて「どもる」ことを選択する方のエピソードも紹介されています。

 

本書を読むことはわたしという主体と思い通りにならないわたしの体という存在について考えることでした。わたし自身も、もしかしたら、体にのっとられ、吃音を克服したと思っているだけかもしれません。



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