広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.25

【蔦屋書店・犬丸のオススメ 『うろんな客』エドワード・ゴーリー 柴田元幸 訳/河出書房新社

 

 

ある風の強い冬の夜、ヴィクトリア朝の家に住む、とある一家のもとへ「うろんな客」がやってくる。

 

「うろん」とは、不確かであること、怪しく疑わしいことをいうらしい。

このつい発したくなる「うろん」という日本語と、表紙カバーに描かれている「うろんな客」の姿には、なにか落ち着かなくなるような、不安定な要素が詰まっているのだ。

 

わたしの好きなものは幅広く、一貫性がないと思っていたが、最近気づいたことがある。

どうやら、完璧に出来上がった安定したものやことには興味を一層感じられず、なにかよくわからない不安定なものや不安を感じることが好きらしい。そう、「うろん」だ。

 

本書は、エドワード・ゴーリーが初期に書いた大人向けの絵本だ。ページを開くと、向かって左ページにはゴーリー独特の韻を踏んだ原文と短歌形式に訳された文、右ページには、陰影や背景までも細かく描き込まれたモノクロームの絵。もちろん、絵もゴーリー自身によって描かれているが、この絵がなんともいえない陰鬱さと滑稽さを程よく混ぜ合わせていて、嬉しいくらいにぞわぞわとさせられる。

 

やってくる「うろんな客」は、背丈が50センチくらい、まっくろでしっぽのないアリクイの子供が二足歩行しているような姿だ。寒かったのかボーダーの長いマフラーをグルグルっと首に2回巻き後ろで結んでいる。それでもあまるマフラーの端を風にたなびかせながら。ぽってりとしたおなかに細い足首、白いハイカットのスニーカーがよく似合う。この家がとても興味深いのか、目を大きく見開いている。

ページを開くとその客は、背丈以上ある大きな窓に、両手と鼻を押し付け足首がちぎれそうなくらいのつま先立ちで、家の中の様子をうかがっている。

ついには家のベルを鳴らし、入り込んでしまうのだ。入ってからも、この客はいったい何がしたいのか、さっぱりわからない。

 

「出し抜けに 跳び下り廊下に 走りいで 壁に鼻つけ 直立不動」三つ目のエピソードの訳文だ。

客は、一家の目をかすめて入ってきたと思えば、廊下の壁に鼻をつけたまま直立不動で微動だにしない。一家は困惑しかないだろうが、わたしとしては、この滑稽な行動にじわじわとおかしさがこみあげてくる。夜が明ければ、ちゃっかり食卓に座り一家と共に朝食を皿まで平らげる。一応、マフラーを外すというマナーはあるのかと、細かいところが気になってくる。その後も、この客は次から次へと「それだけはやめて!」という行動を繰り返すのだ。

 

少し前の話になるのだが、昨年末から今年の頭に、島根県益田市にある石見美術館でエドワード・ゴーリーの巡回展が開催された。すっかりゴーリーの世界にはまっていたわたしに、チケットが二枚やってきた。どうしても原画が観たかったわたしは、(ひとりで行ってもよかったのだがチケットが二枚あったし)同じ視点をもつKを誘った。Kは書店内で、デザインの仕事をしている。仕事中には話すが、プライベートで出かけたことは無かった。よく知らない人と長時間いっしょの時間を過ごすなんて、わたしからしたら不安しかない。だが、一方で不安定なものを好むわたしがいるのも確かで、不安な気持ちの陰から、期待のような、なんともいえない混ぜこぜの気持ちが渦巻いた。

Kは、あっけらかんと、「行く」と即答し、二人のスケジュールを考えると、行ける日は一日しかなく、日帰りで、バスで行くことになった。その日は、朝から雪が降り始め、県境のあたりは結構な積雪が予想された。

Kは、バスが来ると、飛ぶように乗り込み、あたかもそこは自分の場所だといわんばかりの勢いで、一番後ろの窓際の席に陣取り、鼻歌まじりに荷物を広げている。

バスが走り出すと、Kはバスの窓にはりつき、じゃんじゃん降る雪を眺めながら「雪だねぇ。雪が降ってるねぇ。どうする?帰れなくなっちゃうよ?」と、にたにたしている。

そうかと思えば、この小さなカバンの中にどうやって入れてきたのかと思えるほどの、大量なお菓子を取り出し、「最初は、これで、次はこれを食べるのだよ」とエンドレスに渡してくる。Kは、左手でわたしにお菓子を渡し続け、右手では袋ごとお菓子を口に運び、どんどんと胃袋に収めていく。ひざに置かれた、サキイカ、梅、ピザパンにチョコレートなどを呆然と見つめていると、隣から「うひひひ」と、得体のしれない笑い声が聞こえてくる。今度は、何だと視線をずらすと、スマホを見ながら、さらに大きな声で「うひゃひゃひゃ」と笑い出している。恐ろしくもあったが、好奇心には耐えられず、なにと聞くと「パンチョがさぁー。うへへへ」と、なぞの「パンチョ」で大笑いしているのだ。

このままでは、そのうちバスの中を走り回るのではないか。いやいや、いくらなんでもKだって、そこまではしないだろう。Kを信じなければ…。

「出し抜けに バスの通路に走りいで ばらまくお菓子に 乗客騒然」

そんなKの姿が、頭の中をぐるぐると駆け巡った。

隣では、またKが、もぞもぞと動いている。どうやら、のどが渇いたらしく、ペットボトルの蓋を開けようとするが、握力が無いのか、さっき食べた何かしらの油か、悪戦苦闘中だ。

 

心の中で「うろんだ。この人もまた、うろんだ。」と動揺しながらも美術館までたどり着くと、昼ごはんも食べず、帰りのバスの時間ぎりぎりまでゴーリーを二人で楽しんだ。美術館からは、一歩も外へ出なかった。

 

はたして、「うろんな客」とは、何だったのか。解釈はいろいろとあるだろうが、わたしが感じる「うろんな客」とは、人との出会いそのものかも知れない。

人との出会いは、ある日突然やってくる。そう、あの「うろんな客」のように。

ひとりで平穏だった心に、それはずかずかと入り込んできて困惑させられ、不安定が押し寄せる。そして、それが居続けることで、少しずつではあるが興味や愛着が生まれ、同じ場所で同じ時間を過ごしたいなと思うようになるのかもしれない。

そしてわたしも、しらずしらずのうちに誰かの「うろんな客」となり、あちこちのベルを鳴らしてしまっているのだ。

 

 

 

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