広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.50
【蔦屋書店・西倉のオススメ 『彼方の友へ』伊吹有喜・実業之日本社】
画家中原淳一のグッズを取り扱わせて頂いたことがきっかけで、この本を手にとりました。色彩豊かでハイカラで、西洋的な少女画に惹かれ、もっと中原淳一を知りたいと思っていた時、登場人物に出てくる長谷川純司という画家が中原淳一をモデルにしていると知り読んでみたいと思いました。
昭和12年。音楽私塾で内弟子として家事の手伝いをしながら学んでいた波津子は、叔父の勧めで憧れの雑誌『乙女の友』大和之出版編集部に雑用係として働き始めます。洗練された人たちの中で感じる孤独感と不慣れな会社員生活。それでも頑張ってこられたのは、幼馴染から貰った付録のフローラゲームのカードと『乙女の友』への熱い想い。そんな想いから雑用係から編集部員見習いとなりそして…
激戦の中、一人の少女ハッちゃんが大人の女性へと成長していく様が描かれています。
そして、戦時中の言論の規制や紙が不足していく出版業界の厳しさの中、それでも乙女たちに「友よ、最上のものを」を志しに、希望を送り続けた雑誌『乙女の友』に携わる人たちの物語です。
小説の中の『乙女の友』は実業之日本社が発行していた少女向け雑誌『少女の友』をモチーフに描かれています。
川端康成や吉屋信子著の少女向け小説、中原淳一の叙情画、宝塚のスターやファッションなどを扱い、読者投稿欄も活発だったそうです。明治41年に創刊され昭和30年に終刊されるまで、当時の乙女達を魅了した雑誌でした。
主人公ハッちゃんの父親が失踪し、母親は体調を崩したため、進学を諦めました。裕福ではない為、古ぼけた銘仙の着物を着ていて髪はしめ縄のような三つ編みを一本。お洒落からは程遠い子です。でも純粋で一途で、大好きな物がしっかりとあって、そしてそれを大事にする子。
そんなハッちゃんを最初こそ見下す人はいたけれど、一途で一生懸命な彼女を少しずつ周りが認め、愛され慕われていきます。
ハッちゃんが密かに想いを寄せる大和之出版編集責任者の有賀主筆をはじめ『乙女の友』のデザインを統括している叙情画家の長谷川純司や、翻訳詩人の霧島美蘭、同僚の見た目も性格も正反対の史絵里。出版社に勤める個性豊かな人たちや雑誌に掲載してもらう作家や画家たちとのやりとりに思わず笑みがこぼれます。
ハッちゃんにとって『乙女の友』は憧れの雑誌でした。父親がいた頃はちゃんと買えていた雑誌を大事にとっていて、特に気に入ったものを切り抜き帳に張り合わせ、『乙女の友』を真似て平仮名だらけの紹介文を書いてみたり…自分だけの宝物。私も幼い頃『りぼん』や『なかよし』などの雑誌の絵や写真の切り抜き、メモ帳やシール、香り付きのティッシュなどの付録を集めては箱の中に入れていました。とても大切な宝箱で、その時のわくわくとした気持ちが蘇ってきます。
画家長谷川純司の絵は西洋的な為、時世に合わないとの理由で降板を余儀なくされます。その後、純司は自身の手による絵葉書やハンカチなどを売るお店を開きます。
それが、冒頭に書いた中原淳一グッズを扱うショップがモデルになっているそうで、勝手に親近感を覚えたものです。
物語には戦争の悲惨さが背景にあります。ですが、そんな時世だからこそ乙女たちに夢をあたえ続けてきた『乙女の友』。有賀主筆が
たとえ荒廃した大地に置かれようと、女性はそれに絶望して死にはしない。一粒の麦、一握の希望、わずかな光でもそこに命脈がある限り…女たちはそれをはぐくみ、つなげていく。それが女性たちの力だ。そうした力があることを今だからこそ伝えなければならない。なぜなら彼女たちの声は今はあまりにも小さい、この時代のなかで簡単に潰されてしまうから
胸に響く言葉です。少女たちにキラキラわくわくする夢を与え続けようとする志し、それを受け継ぐ人々。
小説『彼方の友へ』は第158回直木賞候補作です。
東野圭吾氏が「完全に朝の連続テレビ小説の世界。…登場人物たちの個性にも、描かれる出来事にも既視感がある。」と評価されています。
確かに朝ドラ仕立ては否めませんが、だからこそ親しみやすく楽しめます。きっと朝ドラになったら高視聴率間違いなしではないでしょうか。
読者を飽きさせることのないリズムある文章に引き込まれます。
プロローグは平成から始まります。90歳になったハッちゃんは老人施設のスタッフに起こされます。お客様から品物を預かったと。それはフローラゲームで、70年以上の時を超えハッちゃんの元にやってきたー
そして、エピローグ。フローラゲームを持って来てくれた人と出会えた時、色々なことが鮮明になっていきます。有賀主筆の想いや純司や美蘭の切ない気持ち…まだ読み終えたくない、本を閉じたくない私がいます。
「友よ、最上のものを」
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