広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.36

蔦屋書店・犬丸のオススメ 『古本屋台 Q.B.B.』久住昌之 画/久住卓也・集英社
 
 

夜も更けた、仕事からのいつもの帰り道。

ただただ、ぼんやりと歩いていると、赤ちょうちんが揺れるリヤカー式の屋台が。

「こんなところに屋台?しかも、リヤカー…。なんの屋台だろ?ラーメンかな?」なんて考えながら屋台に近づく。赤ちょうちんに書いてあったのは「古本」の二文字。

「古本?古本ってどういうこと?」歩く速度はゆっくりと、目だけで素早く屋台を観察する。リヤカーのなかに本がぎっしり詰まっている。

「ん?古本を売っているってこと?古本屋台?」

店主らしいおじさんは、背中を丸めキャップを被りうつむき加減で奥に座っているので、よく見えない。

あなたは、この屋台に入りますか?

 

本書は、古本屋台に通う中年サラリーマンが主人公だ。彼を虜にしてしまう、この屋台の店主であるおじさんが、なんとも絶妙にいいのだ。

屋台はリヤカー式で屋根がついている。その中にはおじさんの、愛とセンスで集められた本が、裸電球に照らされている。吊るされた赤ちょうちんには「古本」の二文字。おじさんは奥で座っているが、客のための椅子はない。

おじさんは、うつむき加減で寡黙だが、本の会話になるとやはり詳しい。気分のいいときはバイオリンを弾いてくれたり、以前は何をしていた人なんだろうかと気になってくる。

読書好きなら、この本を眺めているだけでも何時間でもいれそうだが、この屋台のいいところは、おじさんのサービスで一杯だけお酒が飲めるのだ。

本を眺めながら、本の話をして、その上、一杯だけだがお酒が飲めるなんて最高だ。

ああ、行きたい。こんな屋台があったら、毎晩でも通いたい。一杯のお酒をちびちびとやりながら本を眺めたり、常連さんとちょこっとしゃべったり…。そうそう、おじさんには嫌われないように。屋台にはルールがある。お酒は一杯まで。うるさくしない。そう、この屋台は飲み屋ではない、あくまでも本屋なのだ。

 

Q.B.B.は、原作者の久住昌之さんと実弟でイラストレーターの久住卓也さんの漫画ユニットだ。

『古本屋台』にはまったわたしに、久住昌之さんのコミックやエッセイがやってきた。

『孤独のグルメ』の原作者と言えば、知っている人も多いことだろう。この他にも、面白いものが、たくさんある。Q.B.B.の代表作『中学生日記』は「一生で一番ダサイ季節」と副題がしめすとおり、思い出せば恥ずかしくて懐かしい中学生時代が詰まっている。久住昌之さんが漫画家の泉晴紀さんと、泉昌之名義で出版したデビュー作『かっこいいスキヤキ』の中では、駅弁のおかずを食べる順番やごはんとの割合など、駅弁を最後の一口までいかにおいしく、完璧に満足できるように食べるか考えながら、もくもくと食べている。

エッセイも笑える。『人生読本』のなかの「真夏の夜のトイレの行き方」は、バスの中で笑い声を抑えるのに苦労した。周りの人は、肩がゆれるわたしを見て怪しんでいたかもしれない。

他にも読みたい本が、たくさん増えた。

一冊の本が、他のたくさん本を連れてきたのだ。

 

話は少しずれるが、将来、古本屋台をやってほしいと思える人がいる。読書好きなEtさんは、眼鏡をかけひょろりとしていて、本のページをめくるためだけにあるような、細くて長い指を持っている。歩く姿は、なんだかフワフワしていて、ちょっと浮いているんじゃないかなと思わせる。イニシャル通り、この人はきっと、どこかからやってきた地球外知的生命(ET)なのではないかと、最近では疑っている。

わたしは、たいてい少し早く出勤し、パトロールと称して新刊や気になる本を物色して回る。先日もEtさんが企画したフェアをパトロールしていた時、彼は音もなく近づいてきて、「あ。ああ。おはよう…。」とか言いながら、素早くわたしが手に取っていた本を見た。どこかで、パチッと音がしたような…。「あっっ!その本ね、面白いんだよ!」さっきの音はEtさんのスイッチが入った音だったのだ。こうなると止まらない。フワフワ歩いているときのEtさんではない。目が輝き、この本がいかに素晴らしいかを熱く語ってくる。その様子が面白くて、他の本を手に取り「この本も気になるんだよね」と話を振ってみる。その本は、以前、他の人から勧められた本だった。「…ぁぁ。それねぇ…。」明らかにテンションが落ちた。笑いをこらえながら、違う本を手に取り「あ、これは前にEtさんが面白いって言っていた本だよね」と、言ったとたん「そうなんだよ。これのね、このシーンがね美しいんだよー。」ああ、いきなりEtさんのテンションがマックスに。止まらない。止まらない。わたし、もうそろそろ時間なんですけどね…。

 

読書好きな人達は、自分の頭の中に、古本屋台を持っている。それぞれ屋台に詰まっている本には独自性があるので、聞いていて飽きることが無い。わたしはその屋台に出かけて行って屋台の店主に、ただただ、話しかければいいのだ。その人達は伝えてくれる言葉も持っているので、自分では選ばないような本に突然興味がわいて、読み終えると新たな世界が広がることが多い。新たな世界は、また新たな好奇心を生み、それが新たな本を連れてくる。本が読みたくてたまらなくなる。

読書欲という「欲」は捨てるべきではないのだ。

 
 
 
 

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