広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.35

【蔦屋書店・江藤のオススメ 『青少年のための小説入門』久保寺健彦・集英社】
 
 

自分はいったい何を読んでいるのか。

小説家を目指すふたりの青春小説を読んでいたはずなのに、それだけではない何かを受け取ってしまった。それは作家、久保寺健彦の覚悟なのか。

 

主人公はふたり。気が弱く、いじめられっ子の中学生、一真。元暴走族の幹部でヤンキーの青年、登。このふたりがタッグを組んで作家デビューを目指すというのがこの小説の大筋です。

 

なぜこのふたりがタッグを組むのかと言うと、登には小説家になるには非常に大きな問題があったからなのです。登にはディスレクシア(読字障害)があり、文字を読むことも、書くこともできないのです。しかし、お話を作る力がずば抜けているという才能がありました。そこで、万引きをさせられているところを捕まえた一真に朗読をさせ、文章の修行もさせます。

 

ふたりは小説家になるために、まずは小説の研究から始めます。登は文字を読むことが出来ませんので、一真に朗読をさせます。古今東西の名作を研究するため、図書館でおすすめの本を聞いて、それらを読んでいきます。ほとんど読書というものをしてこなかった登の感想というのが、ズバリその小説の本質を突いていて、そして、登が感じる疑問というのも、本を読むということについて意識的には、そんなに考えたことが無かった私には思いつかないようなものでした。

 

誰もが名前を聞いたことがあるような名作について、ふたりはなぜこの本が面白いのかを、その本に対する思い入れなどゼロのところから、完全にフラットな立ち位置で話し合っていきます。そのふたりの分析が非常に興味深く面白いのです。

私が読んだことのある本も、もちろん出てくるのですが。この本の良さって言葉にするとこういうことだよな、と納得したり。あ!こんな読み方があったのか、と驚いたり。超有名ですが、読んだことが無い本に関しては、ふたりの反応を見ると、今すぐ自分も読みたい!と感じてしまいます。

 

ふたりが出会う小説のほとんどは図書館の人に聞いて選ぶのですが。このチョイスがものすごくセンスが良いんです。王道の名作から、これを選ぶのかというような変化球まで、広く深く果てがない小説世界の、端から端まで全方位をカバーするような選書で、書店員としても非常に参考になりますし、一読者としても参考にしたいリストです。

 

さまざまな名作を研究して、その面白さを取り入れてふたりが作る新しい作品は一体どんなお話になるのでしょうか。もちろん本の中でその新しいお話についても語られるのですが、その完全版を読みたくてしかたなくなります。

そんなふたりは見事小説家デビューをはたすのですが、そこからがまたこの物語の読みどころです。

 

小説家になることも、ものすごく大変な事ですが、小説家であり続けることは、実はもっと大変なことなのだと気付かされます。

 

ここで、私が最初に感じた違和感の正体がぼんやりと見えてきました。

「自分はいったい何を読んでいるのか」

 

実は、この小説の著者の久保寺健彦さんは、この作品が前作から7年ぶりの新作となります。その7年の間が久保寺さんにとってどんな時間だったのか、私には想像することしか出来ませんが「小説家であり続けること」の困難さについて考える時間でもあったのではないかと思います。

この小説がただの絵空事ではなく「それだけではない何か」を読む人に感じさせるのはそこなのではないかと思うのです。現実が物語に入り込んでしまって、ただの小説では収まらなくなってしまっています。そこから私達は「何か」を受け取ってしまう。

 

私がこの小説から受け取ったものは、これからの書店員としての人生の指針になるものだと思っています。私は書店員なのでそういったものを受け取ったのですが、この小説から受け取ることができるものは決してそれだけではありません。

この本を読んだ貴方は、きっと貴方にしか受け取れないものをこの本から受け取るのだと思います。それは、絶対にある。私はこの小説にそれだけの力があると確信しています。

 

さて、ふたりの小説家としてあり続けるための闘いの結果はどうなったのでしょうか。それはこの小説を実際に読むことで知ってください。そしてその結果について考えてほしいと思っています。

 

小説の持つ可能性や、面白さ、それらすべてをひっくるめての小説の素晴らしさ。それをもう一度教えてくれる作品に、今出会えたことを本当に幸せに思っています。

 

人生の中でも数度あるかないかの得難い小説体験をぜひ貴方にも味わってもらいたいと願います。

 
 
 
 

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