広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.33

【蔦屋書店・神崎のオススメ 『夜と霧<新版>ヴィクトール・E・フランクル著/池田香代子訳・みすず書房】
 
 

人間ほど凶暴で残酷な生きものはいない。人間は略奪と破壊、殺戮、征服を繰り返し、その歴史は多くの血と死体の上に築かれている。

 

文字通り世界を巻き込んだ第二次世界大戦。アウシュヴィッツに代表されるナチス・ドイツの強制収容所の惨状は、映像などで思わず目を背けた方も多いだろう。『夜と霧』は強制収容所を生き延びた被収容者119104番、ヴィクトール・E・フランクルの体験記である。

 

フランクルはウィーンに生まれ、ウィーン大学でアドラーやフロイトに師事し精神医学を学んだ精神科医であり、心理学者であった。ユダヤ人であるという理由で家族とともに拘束され強収容所に移送される。

移送列車から降ろされると労働力になるか否かによる生と死の選別が行われる。「生」を与えられた者は裸にされ、身体中の毛を剃られ、番号を振られる。もはや名前すら持たない。

被収容者となったフランクルは冷静な目で、収容所での経験を心理学的に分析する。それは「人間とは何か」「生きる意味とは何か」を問うものでもあった。

 

飢えと厳しい労働、暴力に支配される収容所生活。過酷な日常の中で感情は消滅していく。仲間が殴られていても何も感じない。死体を前に平気でスープを飲む。冷淡、無関心。自己守るために現実を遮断した心は内面に向かう。以前の暮らし、愛する人の面影を心に描き、生命をつなぐという一点に思いは集中する。この極限状態の中で導き出される「生きる意味」はとても深い。

 

「もういいかげん、生きることの意味を問うことをやめ、わたしたち自身が問いの前に立っていることを思い知るべきなのだ。生きることは日々、そして時々刻々、問いかけてくる。わたしたちはその問いに答えを迫られている。(略)。生きるとはつまり、生きることの問いに正しく答える義務、生きることが各人に課す課題を果たす義務、時々刻々の要請を満たす義務を引き受けることにほかならない」

 

ある朝、収容所のゲートに白旗がひるがえる。夢にみた「自由」だ。ただ長い収容所生活で何度も夢に弄ばれてきた被収容者たちには、非現実的で不確かで、すぐに信じることはできなかった。フランクルはこう記している。

 

「人生には、すべてがすばらしい夢のように思われる一日(もちろん自由な一日だ)があるように、収容所で体験したすべてがただの悪夢以上のなにかだと思える日も、いつかは訪れるだろう」

 

人間は凶暴で残酷だと私は冒頭に書いた。フランクルは「この世にはふたつの人間の種族がいる」と述べている。「まともな人間とまともではない人間」のふたつである。

 

第二次世界大戦終結から73年。この戦争を実際に体験した人々もやがていなくなる。記憶が薄れると新たな戦争を企てる「まともではない人間」、凶暴で残酷な人間が現れるかもしれない。

『夜と霧』を読み継ぐこと、戦争の記憶を語り継ぐことは、二度とこのような惨禍を起こさないための「まともな人間」としての闘いである。

 

 

【Vol.32 蔦屋書店・丑番のオススメ 『ポロポロ』】

 
 

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