広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.39
著者の内澤旬子さんは38歳でステージⅠの乳癌に罹患した。それがきっかけになりおこった、身体とそのまわりのことについて書かれている。
内澤さんは、生まれてからずっと、自分が百パーセント元気で健康だと思えたためしがなく、腰痛やアトピー性皮膚炎、冷え性、むくみなど「病気とはいえない病気」の不快感にずっとつきまとわれていたようだ。それがなぜか、癌の治療中から少しずつ元気になっている。
ステージⅠとはいえ、治療はそれなりに大変だったろうし、受けた手術も一度ではない。だが、癌に罹患してからの五年余りで身体が変化してきている。腰痛やアトピー性皮膚炎の痒みなどからも解放されたおかげで、今まで縁のなかったヒールをはき化粧をするなど、普通の女性としてのたしなみ、たのしみであるところのさまざまなことに、手を出せることになったのだと。内澤さんの文章そのまま引用すれば、「これがあったりまえにくっだらないことなのであるが、たのしい。」と。
本書は、癌治療にも触れているが、それよりも心の変化があからさまにつづられているのがいい。病気のことを書いているのになんだか痛快だ。誰しも、毎日毎日、聖人君子のようにはふるまえない。病院に行けば、先生の対応に不満のひとつも言いたくなるし、患者同士のちょっとした会話も、めんどうだなと思う日だってあるだろう。それに、やはり気になるのはお金の問題。内澤さんも治療費をかなり気にされていた。それはそうだろう。健康診断で、ちょっとひっかかり再検査になっただけでも、頭の片隅では、いくらかかるのかと考えてしまう。それが、入院、手術、リハビリやその後の通院など…。なるべく、最小限に抑えるためにさまざまな手続きなど、考えればきりがない。治療の事だけ考えてのんびりとなんて、案外難しいものだ。
身体というやつは、なかなか厄介な代物だ。自分のものであるはずなのに、全然思うようにならない。脳からの指令を上手く伝えられない。気力で乗り切るとがんばってみても、身体が痛みというかたちで、無理ですと言ってくる。身体が心を支配して、自己を主張するかのようだ。病気ならなおさらだ。病気は時も人も選ばずだ。内澤さんは「不条理」と書いていたが、まさにそうだ。不条理だ。しかも、それは年齢とともに加速もしてくるのだ。悩ましい。
きっと、誰も口には出さないが、身体の悩みは尽きないことだろう。それぞれが、それぞれの立ち位置で。本書のなかにもあるが、同じ病気だからといっても同じ気持ちを共有できない。症状もひとりひとり違うし、その人を取り巻く環境もだ。
ならば、心の方が折り合いをつけて身体にあわせていくのだ。内澤さんがヨガにはまったように、身体が求めることを身体がいうがままに行動してみるのだ。なるようにしかならないと、いい意味で諦め、割り切り、捨てることも、必要かもしれない。タイトルどおり『身体のいいなり』だ。
最後に、この本は、最先端の医療を知りたいと思う方には少し違うかもしれない。
日々、なんだか追われていて、思うままに身体を操れない。身体に心が束縛されてしまっていると感じている。そんな不自由で、すこしめんどうな心と過ごしているわたしが、あなたにおすすめしたい一冊であるのです。