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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.265『そして誰もゆとらなくなった』朝井リョウ/文藝春秋

蔦屋書店・中渡瀬のオススメ『そして誰もゆとらなくなった』朝井リョウ/文藝春秋
 
 
新年1冊目の読書体験は、わたしの中で特別なものです。今年を占うような、そんな気持ち。本選びもちょっと慎重になります。年が明け、硬軟各1冊にまで絞り、その2冊を前にしてえいっと手に取ったのは、朝井リョウさんのエッセイ「そして誰もゆとらなくなった」です。
 
拝むように丁寧にページをめくっていきます。儀式めいた厳かな感じをまといながら読み始め、静かに自分の中に落とし込んで読了とするはずでしたが…そうはならず、読みながら大いに笑わせてもらいました!何度も!声を出して!清々しい気分で読み終えることができて幸先がよいです。この本を選んで良かった。
 
わたしは普段、読む本はほとんど小説で、ジャンルによるところなのでしょうが、読みながらクスッとなることはあっても大笑いするということがありません。客観的に見て、一人で笑っているなんてすごく危険なことは分かっており、必死にこらえるあまり体が震えていることもありました。娘に「気持ち悪い」とさえ言われながら読んだこの本。
 
でも、そうでした。朝井さんのエッセイを手に取った時点でこうなることは自明でした。完全に失念していましたけれど。
 
「時をかけるゆとり」そして「風と共にゆとりぬ」。タイトルに心を鷲掴みにされ、いずれも読んできましたが、エッセイ集三部作のトリを飾る今作、1番おもしろかった!前作の内容を全く覚えていないので根拠はありません。あとには残らないことばかり書かれているから(朝井さん、ごめんなさい!)記憶にないのです。でも、読んでいるその瞬間、最高に面白い。
 
だからといいますか、時間を空けて何度読んでも楽しむことができます。
 
このエッセイシリーズの中でどんなことが書かれているか…それは朝井さんの失敗エピソードの数々です。内容を詳細に説明することは、これから読む方たちが味わうであろう笑いの度合いを弱めてしまうので遠慮します。と言ってみたのは表向きの理由でその実、わたしにはこの面白さを伝えるすべがないのです。
 
誰にだって失敗談はあります。それこそ朝井さんのように大量に。その中に絶対に存在するはずのおかしみ。それを人はこんなふうにうまく抽出できるだろうか。的確に伝えられるだろうか。
 
ここで改めて目の当たりにするのが、朝井さんの巧みな文章力です。エッセイを読んでいると、情景描写に引き込まれ、俯瞰しつつも朝井さんのアタフタっぷりにはものすごくフォーカスできる特等席に連れてきてもらえます。
 
窮地に陥り嘘で乗り切ろうと決意した時の心理を「小説家という職業は、嘘をつくと決めたときの肝の据わり方には定評がある」と、こう書いてこられれば、こちらも「受けようぞ」と襟を正してさらにお話に入り込んでいくのでした。言葉のセンス、ツッコミの素晴らしさたるや。それらをうまく引用できないのが歯がゆい限りですが、言い回しの巧さに、読み手の引き込み方に、ほれぼれするのです。
 
そして垣間見える悪さが効いています。「新郎新婦が味の配合を考えたオリジナルカクテルの名前の意味が“最初のキス”である等、多少の混乱はあったものの、挙式も披露宴も滞りなく進んでいった」と、シレっと書く。「混乱」って言っちゃっている。いじっていますよね?悪口になってしまうのではと心配しつつもやっぱり笑ってしまいます。
 
ワチャワチャして阿呆なふりをして、作家の力というものをこれでもかと見せつけてくるから、笑いと共にため息も漏らしてしまいます。エッセイではこんな風なのに、小説ではお腹の弱さなんて微塵も感じさせないところがまた…ずるいです。
 
この本を読んでいると、朝井さんご自身が書くことを楽しんでいることが伝わってきます。それを受け取ることで、わたしたちもこんなにも楽しくなれるのだと思います。
 
汚かったり打算的だったりして、ともすれば朝井さんのことを嫌になりそうなエピソードばかりなのに、読めば読むほどむしろ好きになっていくこの過程って何なのでしょう?悲しいまでの努力、全身全霊をかけて取り組んだのにそれが空回った結果生じる失敗。この滑稽さが心から愛おしいからですかね。
 
この本は、人間讃歌なのだと思います。
 
 
 
 

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