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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.321『人類の深奥に秘められた記憶』モアメド・ムブガル・サール 野崎歓 訳/集英社

蔦屋書店・神崎のオススメ『人類の深奥に秘められた記憶』モアメド・ムブガル・サール 野崎歓 訳/集英社
 
 
『人類の深奥に秘められた記憶』。この壮大でミステリアスなタイトルに足が止まった。
470ページを超える厚い本に書かれているのは謎に包まれた作家の姿と、それを追い求める一人の作家の姿だ。
 
1938年、フランスの文壇に一人の作家が彗星の如く現れた。アフリカ・セネガル出身のT・C・エリマンだ。23歳の彼の作品『人でなしの迷宮』は主題や斬新な文体などから高く評価され、彼は「黒いランボー」と評された。一方で黒人であることやセネガルが当時フランスの植民地であったことから彼を誹謗する者もいた。やがて『人でなしの迷宮』に多くの文学作品からの借用が指摘される。剽窃を疑われ本はすべて回収、出版社は廃業。そしてエリマンは表舞台から忽然と姿を消した。
 
セネガルの作家ジェガーヌは学校時代にエリマンに関する解説を読み興味を持つが、作品は入手不可能となっている。2018年、彼はその作品「人でなしの迷宮」をセネガルの女性作家シガ・Dから譲り受ける。作品に圧倒されたジェガーヌはエリマンの足跡、痕跡を辿り始める。
 
『人でなしの迷宮』に続きはあるのか。彼は2作目を書いたのか。出生の秘密から文壇デビュー、姿を消してからの生活、そして晩年へ。二つの大戦を挟んで現在に続く長い時間の流れと、アフリカからヨーロッパ、南米へと続く広い空間を交差しながら、ジェガーヌは謎に包まれたエリマンに近づき、その姿をあらわにしていく。そこには文学に取り憑かれ、書くことに苦悩する孤独な作家の姿があった。
 
『人類の深奥に秘められた記憶』はさまざまな視点で構成されている。『人でなしの迷宮』をジェガーヌに渡したシガ・D、エリマンと暮らしていたハイチの女性詩人との会話、間に挟まれるエリマンの母親や養父の話。そしてエリマンの日記など。読み手を飽きさせることなく、読み進めるうちにジェガーヌとともにエリマンを探している自分に気づく。
 
書くのか、書かないのか。文学に取り憑かれたあらゆる人間の心が躊躇するという孤独と苦悩をテーマとしているが、何よりも物語の面白さと深さを堪能できる一冊だ。
 
本書は2021年にフランスで最も権威のある文学賞、ゴンクール賞を受賞している。
 
 
 

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