広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.65

蔦屋書店・丑番のオススメ 『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』東畑開人/ 医学書院

 

 

医学書院の『シリーズ ケアをひらく』の新刊『居るのはつらいよ』を紹介します。

本書を読んで思い浮かべたのが、橋口亮輔監督の映画『恋人たち』です。回復できないような心の傷を抱えた主人公が、どのようにそれと向き合い、生きていくかが描かれていました。それを可能にしたのは、職場の同僚の何気ない「あめちゃん食べますか」のような声かけであったり、ちょっとした冗談であったり、挨拶でした。そんな何気ない日常の積み重ねが丁寧に描かれていました。あ、あれもケアだったんだな、と本書を読んで感じました。

 

 

沖縄の精神科デイケア施設にセラピストとして職を得た著者。しかし、仕事の大半はセラピストとしてよりも、デイケア施設のスタッフとしてただ「いる」ことを求められることでした。著者は、戸惑い、失敗する中で、ケアとセラピーについて考えざるをえなくなります。本書は学術書です。しかし、身構える必要はありません。まず、読み物として圧倒的に面白いからです。著者のユーモアあふれる文体と同僚やデイケアの患者さんたちとの交流。そして、著者の成長物語としても描かれています。

 

 

このデイケア施設には社会に「いる」のが難しい人たちが集まっています。

一日を過ごせるようになるために一日を過ごします。

 

出社初日の著者はデイケアのありように戸惑います。

研修も半ばに「とりあえず座っておいて」と放り出される著者。とたんに手持ち無沙汰になって、ただ、「いる」ことができません。周りには、スポーツ新聞を読んでいる患者さんもいますが、たいていは、ぼーっとしています。著者はただ、座っておくことができず、必死に「する」を探します。医療事務のスタッフからの「何もしなくても、私より高い給料をもらえていいよね」という視線が突き刺さります。

 

数ヶ月たって著者はついに「座っている」ということができるようになります。

それを次のように書いています。

 

みんながいる前で世間話をする。深い話でなく、浅い話をする。そうやって時間を過ごしていると、ちょっとずつ人間関係ができてくる。時間が大事なのだ。

 

気づけばそこにただ「いる」ことができるようになっていた。「いる」ことを脅かされなくなっていたのだ。

「とりあえず座っている」とは、「一緒にいる」ということだったのだ。

 

 

このエピソードはユーモアたっぷりに描かれていますが、いること、居場所についての本質が描かれているように思います。

「いる」ことができないと「する」ことを探すし、他者からのありもしない攻撃を感じてしまうものだということです。そして「いる」ということは人と人との関係性の中で生まれるということです。

 

 

著者は、ケアを「傷つけないこと」、セラピーを「傷つきに向き合うこと」と定義しています。例えば、明らかな仮病で学校を休みたいと言っている子がいて、休ませてあげるのがケア、休みたいという原因に対処するのがセラピーだと書いています。どちらがよいというわけでないし、はっきりと区分ができるわけではないですが、まずは、ケアが必要なことが多いといいます。

 

 

本書はデイケアという施設の中での、ケアとセラピーについて、描かれているのですが、それを超えて、本質的な人と人との関わり方についても、描かれいると思うのです。わたしたちは誰かに依存して生きています。身を委ねている。だから「いる」ことができる。

 

 

著者は以下のように書いています。

 

ケアとセラピーは人間関係の二つの成分です。傷つけないか、傷つきと向き合うか。依存か自立か。ニーズを満たすか、ニーズを変更するか。人とつきあうってそういう葛藤を生きて、その都度その都度、判断することだと思うわけです。だって、人間関係って、いつだって実際のところはよくわからないじゃないですか。だから、臨床の極意とは「ケースバイケース」をちゃんと生きることなんです。

 

 

 

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