広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.167

蔦屋書店・犬丸のオススメ 『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』室橋 裕和/辰巳出版
 
 
著者の室橋裕和さんは、「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとして活躍されている、ライター兼編集者だ。
2019年に出版された『日本の異国』(晶文社)もおもしろかった。日本から見れば異国である人たちが、彼らから見れば異国である日本で、どのように暮らしているのか。それぞれの文化を持つ人たちが、それぞれの環境のなかで、多様なコミュニティを形成していた。彼らが日本を選んでやってくるのには、その国の情勢や個人の事情、日本側の政治的な理由もあるだろう。だが彼らの語りは、苦労したことでさえどこかあっけらかんとしていて明るかった。
新大久保は『日本の異国』の最後に取り上げられていた興味深い街でもあった。
 
 
新大久保といえば、コリアンタウンのイメージが強いだろうか。観光客が韓流アイドルのグッズや韓国料理、コスメなどのお店で楽しんでいる様子をテレビやSNSなどで見かけていた。だが、新大久保はそれだけではない。新大久保は、「単なるコリアンタウンではない、多民族混在の街」(第1章)なのだ。
本書は、この街に著者の室橋さんが引っ越してくるところから始まる。ベランダで洗濯物を干すムスリムのおばちゃん、おしゃべりしながら走っていくベトナム人の女の子たち、階下からは香辛料のスパイシーな香りが漂い、ネパール辺りの民族音楽が聞こえてくる。通りすがりにゴミ出しのルールを教えてくれる、東欧か中央アジアを思わせる顔立ちの若い男女。家具を配達してくれた中国人。近くには、韓国、ネパール、タイ、台湾、ベトナムなどのいくつもの国の飲み屋やレストラン。まだ引っ越しの初日なのだが、出会った人は多彩。実際に街に住み、その内側から取材する。人と出会い、話し、交流の場が広がり、さらに新しい人と出会う。室橋さんと街の人の距離感が縮まっていく。
 
本書で紹介されている異国の人も日本の人も、とても素敵だ。とくに、ベトナム人のトゥイさん。彼女のお店「ベトナム・アオザイ」は、最初はドリンクとシーシャ(水たばこ)を出すお店だったのに、「ガールズバーにしたいんだ。」との言葉通り、本当に途中からガールズバーになってしまった。ベトナムフェスティバルでは、流行りのタピオカを売る。フェスは赤字だったようで、がっくりうなだれたトゥイさんが気の毒になるが、残ったタピオカをバーで売りながら、「来年はバインミー出そうかな。」なんて夢は尽きない。読んでいるこちら側は驚かされたり心配したりするのだが、彼女はなんの問題もないようにバイタリティ溢れ、愛らしく好きになってしまう。彼女がまだ20代ということにも驚かされる。
他にも、ベトナム語のフリーペーパーを出す韓国人の朴さんや、日本風焼き肉「おかやま」をご夫婦で営むミャンマー人のタン・ダー・リンさん、ルーテル教会のロックな牧師、関野和寛さん、みなさん魅力的でお会いしたい。
 
トゥイさんもそうだったが、近年、新大久保にやってくる外国人の多くは、留学生だ。日本語学校で日本語を覚え、それから専門学校か大学に入る。その後、就職や起業するというコースが多いようだ。背景には、入管法の改正や「留学生30万人計画」、ビザの要件緩和などの日本側の政治的な理由もあるだろう。もちろん、やってくる側の国の事情も。
外国人が増えれば、そこには新たなビジネスが生まれインフラも整備される。新大久保にやってくる人、出ていく人、時代の流れとともに街は変化していく。
その中では地元住民との軋轢や衝突もある。すべてがうまくいく訳ではないが、「まず顔を合わせることから」と共生への努力が生まれる。
 
きっかけは、韓国人の事業者が新宿区に「新大久保で商売をする人々で、国を越えて交流ができないか…。」と、話しを持ちかけたことからだった。そこから商店街に「インターナショナル事業者交流会」が発足する。現在のところ、日本、韓国、ネパール、ベトナムの事業者が参加していて、商店街の経営と地域住民との交流について話し合われている。商店街に加盟する事業者は、まだ少なく問題も多いようだが、それでもまずはお互いに顔を合わせ、コミュニケーションを取ろうと定期的に会議は続いている。その会議で、「新大久保フェス」が企画される。外国人と日本人が協力し、ひとつのイベントを開催するのだ。
フェスは、多国籍な食の屋台が並び、それぞれの国の歌や踊り、演武の披露などで大いに盛り上がったようだ。多国籍な人たちが交流を深め、地域とつながる。それぞれの民族衣装が交じりあうように、華やかで賑やかに多くの言語が交わされたのだろう。
他にも、多言語化への取り組みをしている大久保図書館では、ワークショップやお話会などのイベントを、チラシだけではなく声をかけて知らせているそうだ。そこから、「外国人に親切にしてくれる」と口コミで広がり、いつしか、いろいろな人が訪れるひとつのコミュニティが生まれる。図書館スタッフの積極的で直接的な交流から、お互いの信頼関係が築かれていく。
 
人は、それぞれの中に多くの文化を持っている。同じ環境に住んでいるからという理由だけで、隣の人が自分と全く同じ文化を持っているわけではない。ましてや、新大久保のように「多民族混在の街」ではなおさらだ。どこの国の人なのかというような属性すらも、その人を知るということにおいて、あまり必要ではないように思える。
必要なのは、言語によるコミュニケーションだ。すべてが伝わらなくとも、顔を合わせ、時には衝突し、多くの人の助けや努力を必要としながらも、言語によって個々人の文化を知る。そこには、多くの言語が同時に存在していることだろう。
お互いがそれぞれの文化を理解することによって、そこにはお互いの新たな重なりあう文化が生まれるのではないだろうか。
新大久保のような「多民族混在の街」でのコミュニケーションのかたちが、これからわたしたちが理想とする未来のありかたなのだ。
 
 
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