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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.324『対決』月村了衛/光文社

蔦屋書店・江藤のオススメ『対決』月村了衛/光文社
 
 
月村了衛という作家の根底にあるものをこの小説で、はっきりと感じることができた。
 
私は、月村了衛さんの書く小説が大好きで、発売されるたびに読んでいる。中でも『機龍警察』シリーズが特に好きで、それはすぐ眼の前に迫った未来を書いた警察小説なのだが、警察の特捜部にいる主要メンバーは元傭兵の男性、元IRFのテロリストの女性、元モスクワの警察官だった男性、など、いうなれば日本の警察組織からは外れた、むしろ忌み嫌われるような人物たちだ。そして、なぜ彼らが、日本の警察に属しているのか。にもそれは通じる。
 
『半暮刻』では社会に巣食う卑劣な悪と手を出すことすらできない巨大な悪について書かれた。そしてその狭間で罪を背負いもがき苦しむもの、あるいはそれを利用してのし上がっていくもの、それら闇に蠢く人物たちも鋭く描写する。
 
その他様々な作品があるのだが、その根底にあるもの、月村了衛が創作をするうえでの原動力になっているものが、この『対決』でははっきりと、そして強烈に書かれている。
 
それは「怒り」である。
 
主人公は女性新聞記者だ。ある医大の裏口入学に関わる不正を取材している時に、恐るべき事実を知ってしまう。それが、入学試験の採点における男女差という不正である。男子受験生に比べて女子受験生は一次試験の点数に対し、一定割合の係数をかけて一律に減点しているという事実があったのだ。これが本当だとすると、なんという恐るべき女性差別が公然と行われていることになる。
 
ここまで読んでいただいて、気がつく人がほとんどだと思うのですが、この事件は2011年から2018年まで東京医大で女子受験者を一律減点していたという実際の事件がベースとなっている。その後他の医大でも同じような不正が発覚している。
 
まさにこの小説ではその事件を扱っているのである。
 
主人公の女性新聞記者がこの事件について激しい怒りを感じるのには大きな理由がある。
彼女の娘がまさに医大受験に向けて必死に勉強を続けているのだ。そして彼女自身も、配偶者の男性から暴力を受けて離婚した経験もあり、長い新聞記者生活において、女性記者ということでのセクハラやパワハラなどの理不尽な扱いをずっと受け続けてきたという経験もある。
かくして、彼女は医大入試の不正を暴くため動き出すのだが、あまりに巨大過ぎるスクープに対して、誰もが及び腰になってしまう。確実な裏を取らなければ、証言者を見つけなければ、絶対にこの記事は載せられない。そこから彼女の戦いが始まる。
 
彼女がこの事件における証言者になってくれるだろうと狙いを定める人物は、その医大の女性理事である。
彼女は医師ではなく、事務局からの抜擢で理事になっている。しかも、彼女の評判で悪い噂などはまったくなく、誰に聞いても素晴らしい人物で、後に続く女性たちもみな彼女を尊敬し、信頼をおいている。裏取りをすればするほど、彼女の優秀さもわかるし、人格者であることもはっきりしてくる。では、なぜ、彼女もその許されざる差別を告発しないのか。
 
タイトルの『対決』というのは、まさにこの二人の女性の対決である。お互いに守るものもあれば信じるものもある。ただ、それが本当に正しいことなのか、揺らぐところがないでもない。
 
私は男性だが、このような本を読んで思うことは、明らかにこの社会は男性が有利になるように設計されているということだ。社会において男性であるというだけで、下駄をはかしてもらっているのも感じる。それがいかに理不尽で愚かなことかも、感じてしまう。
 
一方、女性はこの理不尽に対して、甘んじて受け入れているはずはない。そのように、男性にいわば洗脳されている女性たちもいるだろうし、声を上げることに対するリスクと、今の立場を維持するということを天秤にかけると現状の維持を選ぶ女性が多いこともわかる。なにしろこの世は男性優位に設計されているのだから、それを突き崩すのは容易ではないし、リスクのほうが上回る場合も多いと思う。
 
だからこそ、この本を読んでほしい。
もちろん女性も、そして男性も。
あとに続く人たちに絶望を感じさせないためにも。
 
月村了衛は感じた怒りをそのままにはしておかない。
その「怒り」を作品に込めて世に放つ。
 
それによって女性が、いや男性こそが、だれかひとりであったとしても、問題に対して考えるきっかけとなり、なにか良い方向に世の中が動くとすれば、この作品は救われるだろう
 
「対決」した女性ふたりも、きっと。
 
 
 

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