広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.364『熊になったわたし 人類学者、シベリアで世界の狭間に生きる』ナスターシャ・マルタン 著 高野 優 訳 大石 侑香 解説/紀伊國屋書店
蔦屋書店・神崎のオススメ広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.364『熊になったわたし 人類学者、シベリアで世界の狭間に生きる』ナスターシャ・マルタン 著 高野 優 訳 大石 侑香 解説/紀伊國屋書店
熊に顔をかじられ瀕死の重傷を負った女性人類学者本人の手によるノンフィクション。出来事そのものより、熊との格闘後、彼女が何を感じ取り、どう変化していったのか、内面への軌跡が本書の中心となっている。
ナスターシャ・マルタンはフランスの人類学者で、シベリアやカムチャッカで先住民族の研究をしている。ある日、カムチャッカの山中で熊に襲われる。熊は彼女の顔を噛み大きな傷をつけるが、とどめを刺すことなく去り、彼女は九死に一生を得た。
ロシアでの治療中、ナスターシャに先住民族エヴェンの青年が語りかける
「熊を許さなきゃいけない」
「熊は君を殺したかったわけじゃない。印をつけたかったんだよ。今、君はミエトゥカ ー 二つの世界の狭間で生きる者になったんだ」
「熊は君を殺したかったわけじゃない。印をつけたかったんだよ。今、君はミエトゥカ ー 二つの世界の狭間で生きる者になったんだ」
ミエトゥカ=半分人間で半分熊。これまで何度も熊の夢を見てきた。先住民族エヴェンでの名は雌熊を意味するトゥーハ。ナスターシャはあの熊との出会いは偶然ではなく必然だったのだ、熊はずっと自分のそばにいたと感じる。そして格闘の後、自分の中にいる熊の存在を強く認識する。
治療の場がロシアからフランスへ移る。フランスの家族のもとで療養しながら彼女がは「ここは私が生きる場所ではない」とカムチャッカの森へ戻る。自分は人間であり、熊である。熊であり、人間である。熊との格闘の後、救助のヘリコプターを待ちながら彼女は熊に親和性を感じていた。それは彼女がミエトゥカになった瞬間でもあった。
熊のいない私と私のいない熊。だが、私たちは自分の体の一部を相手の体に残して生きていく。相手の体の一部を自分の体に残して生きていくのだ。
今年(2025年)は秋口から日本の各地で熊の出没が相次ぎ、過去最多の被害が出ている。日本で害獣として認識されつつある熊は、カムチャッカの先住民にとってアニミズム信仰の中の畏怖すべき存在でもある。だから襲われ傷ついたナスターシャも自身をミエトゥカとして受け入れたのだろう。
本書はナスターシャと熊の関係性や絆の描かれ方にスピリチュアル的な要素もあり、共鳴できるかどうかで好き嫌いが分かれるかもしれない。異質のノンフィクションである。