広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.169

蔦屋書店・江藤のオススメ 『シリアの戦争で、友だちが死んだ』 桜木武史/ポプラ社
 
 
本というのは、どれも大変面白いものではあるのですが
ここで皆さんに改めて声を大にして伝えさせてください。
 
「みんなもっとノンフィクションを読みましょう!」と
 
私は本を読むというのは、この世の中にある楽しみの中でも、最上級なものだと思っています。
使う道具は、紙の束だけです。バッテリーも電源もいりません。
紙の束に印刷された、文字を読むだけです。
 
その紙の束に印刷された文字を読み、その意味を理解し、ストーリーを頭のなかで再構築し、映像や感触や匂いなどを脳内で自らの知識や知恵を使って再生し、楽しむ。
なんて知的な楽しみなのでしょうか。
 
ただ、時にはこのような声を聞くこともあります。
「部屋の中で本ばっかり読むなんて馬鹿らしい。自分はそんな本から得た知識よりも、実際に体験することのほうに価値があると思う。だから本なんか読まない。」
 
確かにそのとおりでしょう。
実際に体験するほうが、本を読むよりも凄いことだ。
それを全く否定するつもりはありません。
ただ、一つ言いたいのは、あなたは一生でどれぐらいの体験をすることができるのか、ということです。
 
10冊本を読んで得ることができる体験を、実際に自分自身で行おうとすると、それは大変な時間と手間がかかることでしょう。
 

もう一つお伝えしたいのは、他人の目を通して知る世界にも価値があるのですよ。
ということ。
 
私は、土門拳という写真家の写真がとても好きです。中でも土門拳の仏像写真に何故か異常に惹かれます。言っておきたいのは、私は仏像にほとんどと言っていいほど興味はありません。詳しいなんてこともありません。でも、好きなのです。
なぜなのだろうかと考えたことがあります。
写真家の写真を観るということはどういうことなのか。
 
例えば、土門拳の撮る仏像写真。
もちろん、適当にパシャっと撮った写真であるはずがありません。
あれだけの実力がある写真家が、全神経を集中して、最良の構図で最良の光で最良の距離感で最良のピントで最良の時間で、他にもさまざまな最良を突き詰めて、命を削るようにして撮影した一枚をわたしたちは観ているのです。
 
写真というものを、美というものを、考え尽くして知り尽くした人間が最高の状態だと確信してシャッターを押した瞬間に観えたものを、わたしたちは追体験的に観ているわけです。
 
これがどんなに価値のある素晴らしいことなのか、考えれば考えるほど頭がクラクラしてきます。

今回紹介したいと思っている本は、戦場カメラマンの桜木武史さんがシリアの現状を子どもたちにもわかりやすく書いたノンフィクションです。
 
先程から力説しているように、写真家というのは、特異な眼を持った人たちなのだと思っています。おそらく私が見ている景色と違うものを見ているはずです。
ですから、往々にして写真家の書くエッセイは面白い。世界の切り取り方に常人とは違う感性が働きます。
 
更に付け加えると、戦場に行ってしまうようなカメラマンはその人物そのものがとても面白く興味深いのです。考え方がぶっ飛んでいる人が多い。
ですから、この本を読むと、なぜ彼は危険しかない戦場に行くのか、なぜお金にもならない写真を撮り続けるのか、海外へ行く旅費を稼ぐためにひたすら日本でアルバイトをするのか、そんな疑問に対する答えを得ることが、、、結局できはしないんですけどね。
ただ、そんな疑問がどうでもいいと思えるほどに、読んでいて面白いのです。
 
もちろん戦場はとてもシリアスです。
命の危険が常につきまといます。
現に彼自身も流れ弾に当たって命を落としかけます。
大事な友人を失います。

でも、彼は写真を撮りに行くのです。
 
そんな彼らからもたらされる情報に価値がないわけがないのです。
本を読むことでわたしたちは日本にいて、シリアの現状の一端を知ることができる。
なんて尊いことなのだろうかと思います。
 
最初にいいましたが、これは子どもたちに向けて書かれた本です。
ですから、とてもわかりやすい表現で書かれています。
間にマンガも挟まれているのでますます読みやすくなっています。
大人の私が読むとしても、ものすごく複雑なシリアの情勢だったり、とても深刻な話だったり、そこが難しく書かれていたとしたら挫折してしまうような内容ですが、この本に限っては、スッと胸に入ってきます。
なので、できればこの本は、子どもと親と一緒に読んで、感想を語り合って欲しいなと思いました。素晴らしい本として大人にも子どもにもお勧めします。
 

ノンフィクションの凄さを最近また強く思うようになったきっかけもお話します。
 
アジアンドキュメンタリーズというアジアのドキュメンタリー映画を配信しているネットのサイトがあります。そこは有料なのですが、会員になると大量のドキュメンタリー映画を観ることができます。
 
そこで、エイズ孤児院で子どもたちと過ごす青年の物語や、巨大なゴミ捨て場に住む人々の生活、そこでゴミ拾いをする子どもたちの様子を記録した映画などを観ました。
 
それを観て、じゃあ、あなたはどうする?という話では実は無いと思っています。
でも、知るということは、本当に価値があることで、知ってしまった以上、知る前に戻ることはできません。自分が何かするとかそんな話じゃなく、知ること自体に大きな価値があるのです。
 
私自身、本当に知ってよかったと思っていますし、もっともっと知りたいと思っています。
そして、それを知ったことで、私は知る前よりももっと深く物事を考えることができるようになったと感じています。
 
読んだり観たり知った後に思うのは、私はこの困難に直面している人たちに今すぐなにかできることはもしかしたらないかも知れない。だからといって、私は無力であると落ち込む気持ちにもなりませんでした。ただ思ったのは、私はこの世界を正しく生きなければならないと。
 
大事なことだと思うので何度でも繰り返します。
あなたがこのようなものに触れた時に自分が無力であると落ち込むこともないですし、逆に何かしなくてはならないと負担に思うことも無いと私は思います。もちろん私にもできることなど限られていますし、その限られたできることをするかどうかも、それはその人次第です。必ずしなければならないとは思いません。
ここで本当に大事な事は、あなたがそれを知ったということです。
知ったあなたの気持ちが少しでも変われば、それは大きな意味を持つと思っています。
 
私やあなただけでなく、もっと多くの人が、もっともっと多くの人が知れば、それは世界を変えることになるのです。
一人の気持ちの変化が積み重なっていけば、それは世界を変える力になる。
とずっと信じていたいと思っています。
 

だから私は皆さんに大きな声で言いたいのです。
 
「みんなもっとノンフィクションを読みましょう!」
 
 
 
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