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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.326『ピンクのぞうをしらないか』佐々木マキ 作・画/絵本館

蔦屋書店・佐藤のオススメ『ピンクのぞうをしらないか』佐々木マキ 作・画/絵本館
 
 
今から数か月前のことですが、当店の店舗が入る大型商業施設のとなりにある敷地で、サーカスの巡業が始まりました。突然現れた色あざやかな巨大テントとピカピカ光る電飾を、しばらく仕事の行き帰りに眺めながら、そういえばサーカスの絵本ってどんなものがあったかなと思って調べているうちに知ったのが、今回ご紹介する佐々木マキさんの『ピンクのぞうをしらないか』です。1993年初版発行の絵本ですが、はじめて読んですっかり気に入ってしまいました。
 
佐々木マキさんのサーカスを題材とした絵本には他に、ヤギの魔術師ムッシュ・ムニエルのシリーズ中の『ムッシュ・ムニエルのサーカス』があります。華やかだけどどこか妖しく、またちょっとノスタルジックな空気を含んだサーカスの雰囲気は、かわいらしさの中に妖しさが漂う佐々木マキさんの作風に本当にぴったりだと思います。
 
『ピンクのぞうをしらないか』のお話に登場するのは、ある売れないサーカスで働く四人の大人たちです。あまりにも彼らのサーカスがつまらないため、お客が集まらず団員も次々と辞めていくなか、団長とピエロと怪力男と猛獣使いが、このままではダメだと起死回生をはかり、興行の目玉となるであろう“ピンクのぞう”を探しにアフリカに向かうというストーリーです。
絵本『ピンクのぞうをしらないか』の大きな特徴は、表紙をのぞいた作品全体が、ほぼ線画によって描かれていることです。佐々木マキさんの絵本作家としての多くの作品の中にあって、本書はどちらかというと、その漫画家としての側面をより印象づける本であるようです。個人の好みもあるでしょうが、わたしはこの線画を見返すたびにやっぱりいいなあ好きだなあと毎回思います。他の美しく色づけされた絵本ももちろん素敵なのですが、佐々木さんの描くラインのぐねぐねしたかわいらしさが際立つ線画は、格別の魅力を放っているように思います。
シリーズ化もされている『ぶたのたね』や、『まじょのかんづめ』(ともに福音館書店)などの人気絵本の作者である佐々木さんは、1960年代雑誌『ガロ』を中心に、前衛マンガの旗手として支持され活躍された方です。その実験的な作品は、当時の若い世代の文化に多大な影響を与えたと言われています。
 
佐々木マキさんに限らず漫画家である方の手による絵本作品には、たいへん魅力的なものが多くてとても気になります。クリハラタカシさんの『ゲナポッポ』(白泉社)や、コマツシンヤさんの『ミライノイチニチ』(あかね書房)、それから『しきぶとんさんかけぶとんさんまくらさん』(福音館書店)は、寡作で知られながら様々なジャンルの作り手の方々の熱い支持を集める漫画家、高野文子さんの描かれた絵本ですし、少し前の世代では、傑作漫画『なんじゃもんじゃ博士』の作者である長新太さんや、また馬場のぼるさん、柳原良平さんなどのお名前も思い浮かびます。
漫画家の方が作る絵本って何でこんなにいいのかなあ…?と思いながら、それは単純に私がマンガが好きだからなのかもしれませんが…たとえば、絵本とマンガがどのような関わりを持ってきたのかといったことについて興味がありつつもなかなか勉強不足のままでいます。
 
『ピンクのぞうをしらないか』に話を戻しますと、この絵本はお話もすごく良くて、どう良いのかというと、ストーリーもさることながらそれを語る語り口がたいへん面白いです。
以下は、団長ら一行が、アフリカに行けばたぶん一頭くらいピンクのぞうも見つかるだろうと、出発を決めたときの場面の文章です。
 
「4にんは アフリカへ いくことにしました。…
でも、アフリカへ いくには、こうつうひとか おべんとうだいとか いろいろ おかねが かかります。
だんちょうは、おばあちゃんから もらって とっても だいじにしていた ダイヤと プラチナと サファイヤと しんじゅと スパンコールと アップリケの ついた きんの とけいを、てばなすことにしました。
さいわい たかい ねだんで うれました。… 」
 
主人公たちは全員そろっていい大人ですが、誰も頼りになりそうにありません。フレディ・マーキュリー似の猛獣使いも、二の腕にタトゥーの入った怪力男も、見た目とはうらはらにすぐにシクシクさめざめ泣き出すし、アフリカで四人苦労してやっとたどりついた秘境の山の頂上では、団長がどこに隠し持っていたのか突然ハンドマイクをとりだして、「エー、まいど おさがわせいたします。…ビンクのぞうさま、ピンクのぞうさまがいらっしゃいましたら…」と、下界に向けてアナウンスを始め出す。終始そんな調子で話が進み、いつの間にかこちらの肩の力も抜けてきます。
 
ところで、唐突ですがみなさんは「冗談関係」という言葉を、お聞きになったことがありますか。
以前に私が読みまして心に深く残った一冊に、文化人類学者である中沢新一さんの書かれた『僕の叔父さん 網野善彦』(集英社新書) という、たいへん素晴らしい本があります。中沢さんのお父様の妹さんとご結婚された、歴史学者の網野善彦氏との思い出を語るその本の中で、私ははじめてその言葉を知ったのですが、『ピンクのぞうをしらないか』の、こうした子どもに向けられたくつろいだ語りには、その「冗談関係」が成り立つ世界が持つ、あたたかな大らかさに通じるものを感じます。
「冗談関係」とは、文化人類学の用語で、おもに親族的関係者の間などにみられる一定の行為様式のことをいいます。たとえば、叔父と甥、祖父と孫といった間柄においてしばしば成立する、お互いに安心してふざけたり、また冗談を言い合ったりすることをむしろ義務とするような、たとえそれが悪口でもジョークだとちゃんと受け止め、受け入れられるような、そうした関係のあり方を指すそうです。
私だけかもしれませんが、『ピンクのぞうをしらないか』を読んでいると、たとえば親戚の集まりなどでいつも会うやさしくて大好きなおじさんが、とぼけた調子で話してくれる適当なホラ話を、子どもがクスクスゲラゲラ笑いながら聞いている光景─冗談関係で結ばれた相手と交わされる幸せそうなやりとりが、心に浮んでくるような気がします。
 
いわゆる“くだらない話”を楽しむことが、私たちにもたらすものとは何でしょう。
冗談関係は、緊張を緩和する関係です。親との上下関係や、きょうだいとのライバル関係など、家族の中で子どもが時には気持ちを張りつめることもあるような人間関係だけでなく、何の心配もせず安心して息抜きできる場としての「冗談関係」を持つことは、その子の心をより豊かに健やかにするとも言われています。『ピンクのぞうをしらないか』のようなお話が持つ“くだらなさ”も、読む人の心をそのように、まるごと包み込むものなのかもしれません。そしてそうしたことは、きっと子どもに限らずたくさんの人にとって必要なもので、「冗談関係」に於ける例のように、個々の人間関係の中で成り立つ場合とともに、コメディ・喜劇と呼ばれる作品として数多く世の中に存在し、人々に愛されているのだと思います。
 
 
 

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