広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.71

蔦屋書店・犬丸のオススメ 『培養肉くん1』『培養肉くん2』宮崎夏次系/ KADOKAWA enterbrain

 

 

本当は、ここでおすすめしたくない。

どうしても内容を書いてしまうからだ。『培養肉くん』というワードで「なんだこれ、うへへ」と思ったら、このページを読むのをやめてすぐさま買いに行ってほしい。読んだ後で語り合いたい。

 

ということで以下の文は、それでもこのページを読んでくれる人と、読んだであろう人へ。

 

どこかとある場所。未来の地球かその他の惑星か。廃墟と化した場所。廃墟といっても荒んだ生活をしているわけではない。

主人公の木下さんは、どうやら物書き。担当編集者の九森さんとは20年以上メールでのやりとりしかなかったが、ある日、唐突に、今から木下さんに会い行くとのメールが届く。そんな慌ただしい日に迷い込んできた、プルンと丸っこいお肉(培養肉)。お肉は意識をもっていて食べられたがるが、木下さんは小松菜とイワシしか食べられないし、九森さんは、人間しか食べられない。

 

1巻は、とても切ない。

人間しか食べられない九森さんは、一度は仕事を辞めて木下さんを食べようとするが、木下さんが書いている連載のために我慢する。食欲を超える、木下さんの文章を読んでみたい。食欲を無くすのではない、食欲を超えるのだ。

そのあと二人とお肉が出会う、お嬢とジョーン・K。二人が住んでいる家には広い書庫がある。九森さんは、そこに、前から大ファンだった『宇宙戦艦ポチョムキン』が全巻揃っているのを知り、読みふける。ただただ、なにも考えず読める時間は最高だ。その時、ページを捲る身体は確かにあるはずなのに、意識が抜け出し本の中に完全に取り込まれてしまうような浮遊感がある。

全巻読み終えた九森さんは、思い残すことは何もないというように身体を捨ててしまう。なんだろう、この羨ましいという感情は。身体という殻を捨て意識だけになったら、どんなに自由だろうか。そこには、縛り付ける物が何もない世界があるのではないか。

ジョーンは言う。「身体を持っている限りひとはずっとひとりです」

 

2巻は、衝撃だ。

存在する。とはなんだろうか。意識だけで漂うことは、「ある」ということだろうか。何物にも縛られない意識というのは思考も止めてしまうのだろうか。物質的な窮屈な殻に意識を詰め込むことによって、わたしたちは「ある」という存在になるのだろうか。

それならば、その窮屈さによって感じる不自由さゆえに思考し、ひとりであるからこそ物質的な身体同士には言葉が必要となるのだろう。

言葉には、時として傷つけ傷つけられ恐ろしくもあるが、思いもよらぬ人からの救いもある。

それになにより、言葉があるから文字があり、物書きがいて、わたしたちは読むことができる。読み思考し、思考に行き詰まり読む。身体を持ちながらも味わえるとんでもなく自由な時間だ。

 

2巻を読み切ったら、なにかを確かめるように1巻に戻ってしまう。

何度も読み返す。

宮崎夏次系は最高だ。

 

最後に、少しだけ余談を…。

培養肉とは、現在進行形で研究が進められている。

細胞を培養し作る人工肉で、動物を殺傷しないことが利点だ。

今まではミンチ状のものしかできなかったらしいが、先日、ハム状の培養肉が開発されたとニュースで聞いた。その形状が、『培養肉くん』にそっくりだったのだ。残念ながら味はまだまだらしいが。

いつか、培養肉を普通に買うことができるようになったのなら、1巻に載っている培養肉のレシピを是非試してみたいものだ。

 

 

 

 

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