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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.327『方舟を燃やす』角田光代/新潮社

蔦屋書店・神崎のオススメ『方舟を燃やす』角田光代/新潮社
 
 
都市伝説、噂、宗教、オカルト、予知に予言。私たちは溢れかえった多くの情報やニュースの中で溺れるように生活している。それは果たして真か偽か、正か邪か、善か悪か。信じるか疑うかの間で揺れ動いている。
 
物語は二人の人物の1967年から2020年までが交互に描かれる。
一人は1967年生まれの柳原飛馬。鳥取の小さな町で少年時代を過ごす。ある日、入院中の母親が自殺する。飛馬はそれを自分のせいだと思っている。大学進学を機に上京し公務員となり、子どもの貧困が問題となり始めたころから子ども食堂に関わっていく。
もう一人は1967年には高校生だった望月不三子。父親の死によって大学進学を諦めて就職、結婚する。妊娠中に立ち寄った教会で開かれていた料理教室で自然食を知り傾倒していく。子どもにも自然食を強要、子どもが成長し疎遠になる。やがて偶然通りかかった子ども食堂に参加する。
 
飛馬と不三子の人生が子ども食堂で交差する2020年は、コロナウイルスがじわじわと広がり始め、やがてパンデミックとなって世界中を覆う。マスクの着用やアルコール消毒、ワクチン接種。何をどこまで信じるか、どこまで従うか。それは不安や戸惑い、軋轢を生む。子ども食堂への誹謗中傷も相次ぎ、中止を余儀なくされる。
 
1967年からのこの物語はコロナだけではなく、その時代の事件事故や社会情勢が背景に描かれている。コックリさんや口裂け女、ノストラダムスの大予言、カルト宗教の事件、2000年問題や原発事故…。人々は心のどこかで「ありえない」と疑いながらも、「もしかしたら」という思いも抱えて過ごしてきた。
 
「信じる」という人間が持つ本来の美しい感情や行為は、「信じる」の分母が大きくなるほど力を持ち、正義と権力を主張し始める。信じることで自分を縛り、身動きが取れなくなる。
 
旧約聖書『創世記』でノアは「洪水が地上を覆い尽くす」という神の言を信じ、命じられるままに方舟を造った。タイトルの『方舟を燃やす』の方舟は信じるモノ、コトの象徴だろう。それを「燃やす」という自発的行為は「信じる」という行為から自らを解き放つことを暗喩しているのであろうか。
 
AIの出現により本物か偽物かの区別はますます難しくなってきた。それでも信じる信じないを繰り返しながら、私たちはこれからも淡々とそれぞれの人生を生きていくのだろう。
 
 
 

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