広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.173

蔦屋書店・犬丸のオススメ 『神秘の昆虫 ビワハゴロモ図鑑』丸山 宗利/エクスナレッジ
 
 
ビワハゴロモっていったいなに? 表紙カバーの画像を見るとどうやら昆虫。でもその昆虫の形も色も、今まで見たことがない。蝶?それとも蛾?いや、何か違う。
本書は、その、どこに生息しているのかもわからない、謎のビワハゴロモという昆虫だけを紹介する世界初の図鑑なのだ。
 
ぱらぱらとページをめくってまず驚くのは、翅の美しさ。片側二枚の翅を左右に広げ整形された標本画像が並ぶ。その左右に広げた上下の翅の色が全く違う。あるビワハゴロモは、上の翅の付け根が緑色から始まり薄い茶色へのグラデーション、それを横切るように数本ベージュの線やドットで縞模様になっている。下の翅は、付け根がスカイブルーから始まり、半ばから深いベルベットのような茶に変わる。上下の翅の配色がこんなにも違い、どちらとも長時間見ていても飽きない美しい翅をもつ昆虫なんて、なかなかいない。
そのうえ、種類によっても色が全く違う。水彩画のような淡い色合いであったり、濃い緑に派手な黄色のドットの柄という草間彌生さんの作品のようなポップな翅をもつものまでいる。
翅だけ見ると、同じように美しい翅をもつ蝶のように鱗粉によって複雑な模様ができているのかなと思うのだが、そうではなく、ビワハゴロモの体内の水分とともに、色素が維持されているのだそうだ。生きていて水分があるからこそ美しく、死んだ瞬間、水分の変化とともに色の偏りや消失が始まるとは、なんとも儚く切ない。だからこそ、ビワハゴロモを標本として維持する難しさと生体画像の尊さに唸る。こんなに美しい翅をもちながら玉虫のように装飾に使えないのが、ビワハゴロモをあまり有名ではない昆虫にしたのだろうか。いや、装飾に使える昆虫のほうが珍しいのか。そもそも、装飾に使えるからといって有名になるとは限らないか…などと考えると、この昆虫は人とどう関わって生きてきたのか歴史を知りたくなる。
 
ビワハゴロモには、もうひとつおもしろみがある。それは体の形だ。全体的にはコロンとして蝉のようだが、頭に変わった角を持つものがいる。頭の中央からまっすぐに伸びる一本の角。体全体と同じくらいの長さをもつもの、天狗の鼻に似たもの、角の両側にのこぎりの歯のようなギザギザがあるもの、横から見るとまるでワニの顔のような角をもつものまでいる。
なぜ、なんのための角なのか。角の中が空洞になっているとはいえ、飛ぶのに邪魔ではないのか。だが、この形で生き残っているのならなんらかの意味があるはずではないのか。
他にも体を守る蝋物質が過剰なものもいて、腹部の先端から真っ白い蝋物質がふわふわと何本も尾のように伸びている。しかも体全体より長い。これこそ何なのだ?このふわふわが長いほうがモテルとでもいうのか。
 
どのビワハゴロモも個性が過剰だ。
だが、こんな強い個性を持っているにも関わらず、なぜこの昆虫のことを全く知らなかったのだろうか。ごく狭い場所にしか生息していないのだろうか、とも思うのだが、反して生息地は予想以上に広い。ブラジル、ペルー、メキシコなどの中南米から、タイ、インド、ボルネオ島などの東南アジア、モザンビーク、マダガスカルなどのアフリカまで。特に東南アジアでは島ごとに独自の進化を遂げている。これだけの範囲にどうやって広がっていったのだろうか。東南アジアの島から島へ、風に乗って海の上を飛んでいくビワハゴロモを想像してみる。想像しながら打ち消す。いや、陸続きだったころにはもう生息していて、海面が上昇し島となってから島単位で独自に進化していったと考えるほうが自然だろうか。
このそれぞれの過剰な個性に、ビワハゴロモという昆虫が地球上で存在してきた何千万年もの時間の長さを感じて、胸が熱くなる。一匹のビワハゴロモの命は短くとも、こんなにも長く受け継がれてきた命かと。
 
ただ、ビワハゴロモについてはまだ解っていないことも多く、分類も混乱しているらしい。
きっと、これから観察や多くの研究が進み、新種なども発見されていくのだろう。科学技術の発達とともに、ビワハゴロモの分類などは最新の遺伝子研究などから明らかにされるのかもしれない。だが、新種を見つけるのは、これから先もアナログ式の人の手によってだろう。ページをめくるごとに、森の中を何時間もビワハゴロモを探して回る、丸山先生の姿が頭をよぎるのだ。
 
図鑑とは、採集の記録だ。
採集者の疑問や好奇心が詰まっている。
そして、図鑑も見るわたしも新たな知識から好奇心が芽生え、疑問が次々と湧き止まらなくなる。不思議さで頭がいっぱいになるのだ。
よく解ってはいないビワハゴロモだからこそ、想像は自由だ。
 
夜更かししてもよい休日前夜に読むのには、ぴったりの一冊かもしれない。
 
 
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