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広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.272『死んでたまるか』団鬼六/筑摩書房

蔦屋書店・丑番のオススメ『死んでたまるか』団鬼六/筑摩書房
 
 
文庫本についてどんなイメージをお持ちだろうか。単なる廉価版というイメージをお持ちの方も多いと思う。だけど、文庫の本来の姿は、選集であるはずだ。選集、つまり膨大な書物の中から、多くの読者に読まれるべき本を選ぶということ。
 
例えば昭和2年に創業者の岩波茂雄によって創刊された岩波文庫。古典を中心に文学、哲学、社会科学の本が集められている。「生命ある不朽の書を少数者の書斎と研究室とより解放して街頭にくまなく立たしめ民衆に伍せしめるであろう。」と綴られる格調高き岩波茂雄の発刊の辞。まさに選集の理念だ。素晴らしい本が先にあり、それを世の中に広く届けるために装丁は簡素で判型は小さく、共通のパッケージを使って、安くする、ということ。
 
でも。廉価版と思う人の気持ちもわかるのだ。基本的には自社の売れた本が2、3年後に文庫になるというケースが多いから。だからこそ、これが文庫になるの?という本に出会えたときは喜びだ。そして、その驚きが多い文庫レーベルが中公文庫とちくま文庫だ。
 
ちくま文庫は、文庫が選集であることを強く感じさせるレーベルだ。自社の刊行物以外が文庫化されることが多いことや、文庫になるまでの期間がまちまちであることもそう感じさせる要素のひとつだろう。ちくま文庫が素晴らしいのは、ハイカルチャーの岩波文庫とは反対にサブカルチュアの文庫レーベルであるということだ。小説よりもエッセイが充実している。もっと端的にいうと雑文である。
 
ちくま文庫から、文庫オリジナルのエッセイコレクションが出版されている作家が何人かいるのだが、その名前を見るとちくま文庫のひとつの傾向が見えるだろう。田中小実昌、吉行淳之介、野坂昭如の3人だ。その共通点は、それぞれ小説の名手として名高いが、一直線に作家になったわけではなく、さまざまな経験を経ていること。人生の表も裏も知り抜いていること。そして、もちろんエッセイの名手であること。
 
同じような共通点を持つ作家として、団鬼六がいると思っていて、官能小説家の印象が強すぎて、読者を結果として選んでしまうこのエッセイの名手がもっと広く読まれてほしいと思っていた。幻冬舎アウトロー文庫だけでなく、ちくま文庫も似合う作家だと思っていた。そして、ついに今年の1月にちくま文庫から団鬼六のエッセイ集『死んでたまるか』が刊行された。オリジナルは2010年に講談社から出版された。13年を経ての文庫化だ。これぞ選集でなくてなんだろう。
 
内容はさまざまな出版物で発表された自伝的なエッセイを描かれた年齢順に並べたもの。このさまざまな媒体で発表された、というのが嬉しい。まさに雑文的なあり方だ。13歳の終戦直後の中学生時代をふりかえったものから、死の間際の79歳まで19編のエッセイが収められている。著書は本書の後書きで、自分のエッセイの特徴を「混乱した世界に生きる哀しさや面白さを、ユーモアを基調にして軽く描く」と書いている。付け加えることがあるとすれば、著者の優しさが根底にあることだ。それが、美しい文章で綴られている。団鬼六を知らなかった方にもぜひ読んでほしい一冊だ。

そして団鬼六の『不貞の季節』という私小説的な枠組みで描かれた短編小説は本当にすごい小説で、これはエッセイとは反対に自分に対しての恐ろしいまでの厳しさで書かれている。自己の哀しさや愚かさを、情け容赦なく突きつけている。こちらも併せて読んでみてほしい。
 
 
 
 

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