広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.174

蔦屋書店・江藤のオススメ 『6600万年の革命』ピーター・ワッツ/東京創元社
 
 
SF小説を読むということは、時に自らの理解を超える思考実験に参加するということでもあると思っている。
 
著者の持っている想像力の極北のさらに向こう側を超えていくような思考実験を、読者である私達はこちら側から背伸びして、つま先立ちでようやくちらりと覗き見るのであるが、そこに見えているものが一体なんであるのかは、はっきりとはわからなかったりする。
 
ピーター・ワッツのSF作品を読んで感じるのは、まさにこのような思いだ。
 
例えばピーター・ワッツの過去の作品『ブラインドサイト』の紹介文の一部を引用してみる。
「西暦2082年。突如地球を包囲した65536個の流星、その正体は異星からの探査機だった。
調査のため派遣された宇宙船に乗り込んだのは、吸血鬼、四重人格の言語学者、感覚器官を機械化した生物学者、平和主義者の軍人、そして脳の半分を失った男」
 
なかなかですよね。
 
そして、その『ブラインドサイト』の続編『エコープラクシア反響動作』では
 
「宇宙船<テーセウス>の通信途絶から7年。
同船から送られてきた謎のメッセージを巡り、地球では集合精神を構築するカルト教団、軍用ゾンビを従えた人類の亜種・吸血鬼ら超越知性たち動き始める。」
 
これけ見ると、ちょっとバカSFっぽく感じてしまうかもしれないのですが、そのクールな知性と膨大な知識と、徹底的なロジックに裏打ちされた想像力で紡ぎ出されるのは、ハードSF的にきちんと構築された世界設定の中で展開されるファンタジックなSFロマンでもあるのです。
 
さて、では今回紹介する『6600万年の革命』ですが、どんな物語なのかとうと、これがまさにこのタイトルそのままの物語なのです。
 
地球を出発してから6500万年。でに人類や故郷である地球の存続もわからなくなっている状態のまま<エリオフォラ>という恒星船は銀河系にワームホールゲート網を構築する任務を続けていた。その恒星船に乗っている乗組員は3万人ほどいるのだが、それら乗組員は交代で、各チームが時期をコントロールされながら、数千年に一度ぐらいの割合で船を制御するAIに冷凍睡眠から目覚めさせられ作業を行い、また眠りにつく。そうして、何も問題が無いようなふりをして6500万年が経過したのだが、ある時衝撃的な事件に遭遇した乗組員が極秘の叛乱計画に加わることを決意する。
 
という、数千年に一度だけ目覚める人間たちと、その宇宙船の全機能を司る、言ってみれば全能の存在であるAIとの対決が百万年もの間に渡って繰り広げられるという物語なのだ。
 
だからといって、スター・ウォーズのように、クローン部隊とビームサーベルで戦ったり、宇宙船でのドッグファイトなどド派手なアクションは起こらない。
AIに気付かれないように数千年に一度の目覚めている時を利用して、叛乱計画に携わる者たちがちょっとずつ工作をしたり、ばれないように連絡を取り合ったりする、という見た目には非常に地味な戦いなのである。
 
しかし、この<エリオフォラ>と呼ばれる恒星船の構造であったり、彼らが行っている作業、この物語の世界設定、などは緻密に構築されており決して地味で退屈な物語にはならない。
非常に綿密に設計された叛乱とAIとの攻防戦、心理戦、駆け引きに、こちらの読解力もフル回転させなければついていけない。いや、私などは、半分以上は解っていない、はっり言ってついていけていないのだ。
 
しかし、それでも読まずにはおられない。
知的好奇心と未知のものへの探究心だろうか「知らい」「わからない」「理解が及ばない」そんな本を読む悦び。
ある意味マゾヒスティックな快感から逃れることができないのだ。
 
その意味では最高の読書体験を味わうことができる、最強のハードSF作品である。
(しかし、これだけガチガチのハードSF作品であるのに、本編のラストから後日談の短編へと流れる非常に情緒的なロマンチックさはななのでしょう!)
歯ごたえのある作品ですが、強くお勧めできる作品です。
われこそはという読者はぜひ挑戦してみてもらいたい。

最後に、この本にはある仕掛けが施されています。
実は原書は、この仕掛に気がついた読者には、この物語の後日談とも言える短編へとアクセスできるキーが与えられたのですが、日本語版ではそのままでは不可能なので、その短編は、本の最後に予め収録されていま
しかし、原書のものをちょっとアレンジした仕掛けはそのまま施されていますので、この本を読んで違和感があったところによく注目してみてください。
 
実は、この文章にも、同じような仕掛けを施しました。
 
私のメッセージに気づいてくださったなら、嬉しいです。
 
 
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