広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.73

蔦屋書店・丑番のオススメ 『わたくしのビートルズ 小西康陽のコラム1992-2019』小西康陽 / 朝日新聞出版

 

 

あ、出たんだ、と本の表紙を見た瞬間に思った。手に取って、本を開く。美しい本だ。

 

帯には「小西康陽、またしても10年ぶりのバラエティ・ブック!」とある。そう、これは、『これは恋ではない』(1996年・幻冬舎)、『僕は散歩と雑学が好きだった』(2008年・朝日新聞社)に続く小西康陽の3冊目のバラエティ・ブックだ。

バラエティ・ブックとは何だろう?

 

それは、1971年に晶文社から出版された植草甚一著『ワンダー植草・甚一ランド』を嚆矢とする本のスタイルのことだ。

 

この本を編集した津野海太郎は自伝的回想録『おかしな時代-『ワンダーランド』と黒テントへの日々』の中でこう書いている。「1971年の『ワンダー植草・甚一ランド』を皮切りに、そのあと数年間おもにA5判のハードカバーで、そこに長短のエッセイやインタビューや座談会や写真やマンガを雑誌みたいな編集でつめこんだ本をたてつづけに刊行した。「面白本」とか「バラエティ・ブック」と社内でよんでいたが、そのうちの後者が一般にもひろく通用するようになった。」

 

 

バラエティ・ブックはサブカルチャーの本だ。70年代には、まだ、学術書や文学書がメインカルチャーにどっしりと居座り、映画やジャズやミステリーなど広義の遊びの領域で書かれた文章は軽視されていた。植草甚一もさまざまな媒体で書いた文章が一冊の本にまとまることなく、「はち切れそうにふくらんだ大きな革トランク」に「これまでに書いた文章の切り抜きや、スクラップブックが、ぎっしりとつめこまれていた」(『おかしな時代』)という。その革トランクをそのまま本にしてしまうこと。それが編集者・津野海太郎とデザイナー・平野甲賀が発明したバラエティ・ブックというスタイルだった。

 

そして、そのスタイルで本を出すことは1970年代に青春時代を過ごした書き手にとってはあこがれだった。

 

バラエティ・ブック『古くさいぞ私は』(2000年・晶文社)のあとがきで、坪内祐三(1958年生まれ)がこう書いている。「『ワンダー植草・甚一ランド』や『東京のロビンソン・クルーソー』のようなバラエティ・ブック、つまり、一段二段三段四段入り混ざった組み方の中に、コラムやエッセイ、評論などが渾然一体となって収められている雑文集を作ることは、今四十歳ぐらいの物書きなら誰もが一度はあこがれたはずだ。その夢がまさに同じ版元である晶文社から、かなおうとしている。」

 

坪内祐三の高揚感が伝わってくる。小西康陽は1959年生まれ。坪内祐三の1つ歳下だが、学年は同じだ。小西康陽は2月生まれ。坪内祐三は5月生まれ。小西康陽も同じようにバラエティ・ブックにあこがれていたのだろう。そして、小西康陽の2冊目のバラエティ・ブック『僕は散歩と雑学が好きだった』はまさに大きな革トランクをそのままかたちにしたような楽しさにあふれている。

 

『僕は散歩と雑学が好きだった』は、この10年間くりかえし、くりかえし何度も読んだ。とはいえ、頭から終わりまで読み通したことは一度もなく、パラパラとめくって目にとまったページを読む。もしかすると、まだ読んでいないページさえあるかもしれない。

 

わずか4ページの「小西康陽が小西康陽になるために読んだ100冊の本」。この文章は、本当に何度読んだのかわからない。100冊のブックリストとその本についた50文字くらいの短評。初出は2002年の『クイック・ジャパンvol42』。そのときから足掛け20年近くこの文章を読んでいる。(余談になるが2000年前後の『クイック・ジャパン』は本当に素晴らしい雑誌だった。)この100冊のリストに導かれて、本を読んできたかもしれない。

 

何度も読んでいるはずなのに、あらたな気持ちで文章に出会うこともある。「日本各地、ぼくのお気に入り喫茶店をお教えしましょう。」という短いコラム。紹介されている喫茶店の中で行ったことのある京都のイノダにばかり注目していたが、2年前に広島に越してきてから訪れた素晴らしい喫茶店中村屋も紹介されていたことに気づいた。以下のように書かれている。

 

この店に行くのは決まって晴れた日の正午過ぎ。店内の暗い灯りに目が慣れるまでいつも戸惑うけれども、やがてその素晴らしいインテリアに驚く。たぶん戦災後まもなくにオープンして以来そのままの内装は、いつかヴィデオクリップの撮影に使おうと決めているほどフォトジェニック。

 

なぜか、上から目線で小西康陽わかってるな、と思ってしまった。そして、この本を読み続けてきてよかったと思うし、新刊『わたくしのビートルズ』もまた、10年かけて読んでいきたいと思う。

 

 

 

 

【Vol.72 蔦屋書店・江藤のオススメ 偶然の聖地

【Vol.71 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『培養肉くん1』『培養肉くん2』】

【Vol.70 蔦屋書店・丑番のオススメ 『西島大介のひらめき☆マンガ学校 マンガを描くのではない。そこにある何かを、そっとマンガと呼んであげればいい。』、『西島大介のひらめき☆マンガ学校 マンガ家にはなれない。かけがえのない誰かだけが、君をマンガ家にする。』講談社、『マンガ家になる!ゲンロンひらめき☆マンガ教室第1期講義録』】

【Vol.69 蔦屋書店・江藤のオススメ 『人喰い ロックフェラー失踪事件』】

【Vol.68 蔦屋書店・花村のオススメ 『父は空 母は大地―インディアンからの伝言』】

【Vol.67 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『天然知能』】

【Vol.66 蔦屋書店・神崎・花村のオススメ 『カミングアウト・レターズ  子どもと親、生徒と教師の往復書簡』】

【Vol.65 蔦屋書店・丑番のオススメ 『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』】

【Vol.64 蔦屋書店・江藤のオススメ 『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』】

【Vol.63 蔦屋書店・神崎のオススメ 『拝啓、本が売れません』】

【Vol.62 蔦屋書店・花村のオススメ 『鈍感な世界に生きる 敏感な人たち』】

【Vol.61 蔦屋書店・江藤のオススメ 『おやすみの歌が消えて』】

【Vol.60 蔦屋書店・西林のオススメ 『坂の途中の家』】

【Vol.59 蔦屋書店・花村のオススメ 『あふれでたのはやさしさだった 奈良少年刑務所 絵本と詩の教室』】 

【Vol.58 蔦屋書店・犬丸のオススメ 『四次元が見えるようになる本』】

【Vol.57 蔦屋書店・丑番のオススメ 『少年の名はジルベール』】

 

SHARE

一覧に戻る

STORE LIST

ストアリスト