広島 蔦屋書店が選ぶ本 VOL.175

蔦屋書店・竺原のオススメ 『マスクは踊る』東海林さだお/文藝春秋
 
 
東海林さだおと言えば日本に於けるユーモア・エッセイの師として知られている。
記されている内容は非常に日常的な物事にまつわる話であるが、着眼点と言うか捉え方というか、そうした感覚が何とも形容し難い唯一無二の趣を持っており、そこが病み付きになる。
また表現の仕方も独特で「グヤジー」「ユルジデ」「~かナ」といったカタカナや濁音を混ぜ込んだ言葉からは、哀愁だとか愛嬌だとかを感じて、文章全体に可笑しみの雰囲気を纏わせている。
 
そんな氏が今年に入って刊行したのがこの一冊。
勿論この作品でも、思う存分「東海林節」が繰り広げられている。
 
例えば時代が「平成」から「令和」へと変わる正にその時、新元号発表の会見について。
 
前提として、新元号発表の会見と言えば、時の内閣官房長官が担う慣習があるらしく、例えば昭和から平成になった際の会見は、当時の首相が竹下登氏だったのに対して、発表自体は小渕恵三氏が行われた。
 
今回の場合、その頃はまだ安倍晋三氏が首相だったので、発表は当時の内閣官房長官であった菅義偉氏が担当された。
菅氏と言えば(言うまでもなく)現在の内閣総理大臣であるが、内閣官房長官であった当時、テレビに映った菅氏と、そのお顔と共に掲げられた「令和」と書かれた額縁をまじまじ見る我々との関係性を「お見合い」に例えた。
あまつさえ「悪い人ではなさそうだ」等とも述べているのは正にお見合い的感想で、思わず一笑してしまう。
 
その後もその額縁を掲げる位置や、掲げている時間等にも言及し、最終的には新元号の決め方にも一家言を呈しつつ話を締めている。
 
何ともゆるく、為になるかと聞かれれば一概にそうとも言えない類の一編であるが、心をほぐして、じんわりと温かくしてくれる。
そんな文章がこの『マスクは踊る』には存分に収録されている。
 
どんな話題を語っていようとも溢れ出て来る「東海林節」によって構成されるストーリーの数々は、この上なくゆるい様でいて、かと言ってほんの一文一語たりとも欠けてはならぬと思わせる程に完成されている。
総合的な話の内容だけでなく「表現を楽しむ」「文章を楽しむ」という事をも教えてくれるのは、中々に得難い読書体験である。

 
 
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